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「そもそも正田姓が珍しいしな」
と家永は言う。
(だったら、もうちょっとしっかりと覚えていろよ)
学食でそれっぽい話をしていたが、家永はロクに覚えてなさそうだった。でも突っ込むと話の腰を折りそうなので、門脇はとりあえず黙っておいた。
「君が披露した食べられる草の発表で」
(発表……?)
門脇、心のツッコミは止まらない。
「『藤の種』と言っただろう。そこで、もしかしたら君は、正田通信君の妹さんかと思ったんだ」
「……当ったりー!」
彩子は細長い両手を上げて、万歳のポーズを取った。
「じゃあ、君の本当の名前は正田彩子さんか?」
「そう。兄ちゃんが言うとったん?」
家永が頷く。
「ああ。故郷の島原に自分と同じくらい草に詳しい妹のサイコが居る……と」
「え? 『彩子』じゃねえのか?」
門脇が驚いた。
「なんでお前、読み方変えて名乗ってんの?」
「そんなん、ダサいからに決まっちょろーもん」
と、彩子は指を振って見せた。
「ダサい? そうか? 『あやこ』っていう方がありがちな印象だが?」
門脇がピンとこないでいる。
「門脇先輩は『蓮』ってかっこいい名前やけん、分からんっとよ。
うちの親は、いい名前と思うたら深く考えんですぐに付けらす。おかげで、兄ちゃんは『通信』君だし、妹は『超ダサい子』になっちょお……。それが嫌やったけん、普段は『あやこ』っち名乗っとるんよ」
本音を語っているのだろう。ランウェイ上と違い、彩子は呆れているような諦めているような……ようやく見せた素直な表情だ。
「俺の名前は、盆生まれだからな」
「え? そうなん?」
「8月15日だから、『蓮』だ」
「やーん。門脇先輩の素敵情報ゲットー!」
彩子は門脇のことが知れて嬉しそうだ。
「正田通信君は、あの理科学教棟裏庭のビオトープ作った人でもあるな」
家永が時々日光浴に出かける裏庭のことだ。
(そういえば、正田先輩。時々研究室から居なくなってたな……)
と門脇は思い出す。
鐔広の麦わら帽子被ってツナギ着て軍手片手にふっといなくなったかと思うと、小一時間すれば戻ってきていた。
「どこ行ってたんだ、正田先輩は?」
と聞くと、なぜか嬉しそうに
「趣味の園芸ー!」
と泥のついた顔で笑っていた。
きっと、裏庭の整備に行ってたのだろう。
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