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「そう。そこで藤棚を作って、秋には種を炒って俺に食わせてくれた。その時に植物に詳しい妹さんの話が出た」
家永がうろ覚えの記憶をさも真実のように語っていると、門脇から
(本当かよ?)
と疑わし気な視線を送られる。
記憶より記録。
実験データは全て記録する。
それ以外はかなり無関心な家永は、先ほどだって曖昧な記憶を披露したばかり。
門脇に睨まれて、自分の記憶に自信がない家永は
「妹さんの話が出た……ように、思う」
と、逃げ道を作った言い方に切り替えた。
「家永先生。藤の種を食ったのか?」
と門脇が聞けば
「美味かった……。ただ炒り方が足りないものもあったらしく、後で腹下した」
家永が哀しそうに言った。
「あまり知らない人から、もの貰うなよ」
「いや、よく知ってる学生だったし」
卒業した年も忘れるほど、関心がない研究生だったが。
「何でもかんでも口に入れるから、そうなる」
「……俺が悪いのか?」
悪食のように言われ、少なからず家永は肩身の狭さを味わっていた。
(変な研究生と指導教官ったいね……。この研究室でどっちが上なんだか、分からんったい)
研究室のヒエラルキーに首をひねる彩子だが、そこには笑顔が戻っていた。
「うちん兄ちゃんが悪いっとよ。ちゃんと火を通してなかけん。先生は悪くなかが」
思わず、家永に助け船を出していた。
「兄ちゃんは生態系研究をしとらしたから、生物学専攻の家永研究室にお世話になっちょったんよ。でも、そんな酷い恩返ししてたとかは、知らんかった」
「大丈夫だ。通信君なりの好意で俺にくれたものだと信じている」
「そう言ってもらえて良かったー!」
「知っとる? あの池ん中、魚おるやん」
「めだかだろ?」
ほのぼのとした裏庭の景色を、門脇は思い出していた。
季節ごとに花が咲く裏庭と池で、正田通信は理想の生態系を研究していたと思われた。
「違うっちゃ。あれ、グッピーの稚魚なんよ」
「「はあ?」」
家永も門脇も知りえない彩子の情報に、同時に声をあげた。
「グッピーはミリオンフィッシュっていうくらい、子だくさんの魚やけん、水槽で爆発的に増えたっち。困った荒木先生が、兄ちゃんに頼んで池に放流したっちゃ」
笑いをこらえきれずに彩子が吹き出すと
「そういえば……やたらと尾の長いめだかもいた気がする」
家永が腑に落ちた表情になって呟いた。
「ほぼ毎日裏庭に行ってて、その程度の記憶なのか? 家永先生」
「……興味のないことは覚えんようにしている」
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