第3話 菖蒲・7

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「うち、そん(その)頃髪短こかった(短かった)し、今よりもっと瘦せちょって背もこまう(小さく)て、おしゃれもようしきらんきに(よくできないから)。ありがちなジーパンにダッフルコート。しかもこんな体型やけん、細かぁ(細い)男ん子と間違えられたんやろうね。きっと良か(いい)カモば思われて、有り金どころか交通系カードまで巻き上げられそうになったんよ」  家永に  「それは…………、怖かっただろう」  と言われて、彩子は「……うん」と首を縦に振った。 「うちはこっちに知り合いもおらんけん、一人で下見に来ちょって頼りの兄ちゃんもまだ長崎。だけん、お金全部取られたら家に帰ることも連絡することもできんきに(できないから)」  両手の細長い指をもじもじと絡ませながら、彩子は言う。 「すっごう怖かったと。あん子らんことは今でも忘れんが。信じれんくらい分厚いレンズの瓶底眼鏡かけただっさい子に、やたらと弁の達つ子がリーダーやった。そん子らの仲間にぐるっと囲まれ逃げ道ば潰されて……」 (……ん?)  と門脇が思う横で 「すまんが、あんまり怖くないと思う……」  家永が率直な意見を述べた。 「何、言っとらすか!」  ほぼ脊髄反射で、彩子が家永を叱り飛ばし 「うちゃあ(私は)、すっごぅ怖かったがね! 一見そがん(そんな)酷い事ばしよらっさん(してない)ように見えて、実はあいつら常習犯なんよ。めちゃ慣れちょう感じやった!」  一気にまくしたてた。 「何を言っても都合よく言い返されて、お金もカードも取られっしもうて。……うちは、もう途方にくれとったっちゃん。そこに突然門脇先輩が現れて……かっこよかった……!」  彩子はうっとりとして、続けた。 「悪鬼羅刹の所業っち言うんは、まさにアレたいね!」 (「悪鬼羅刹」は誉め言葉だったか?)  と、家永は思わないでもない。 「赤い髪なびかせて現れたかと思ったら、カツアゲしてた子らを瞬殺で殴り倒し、その場にいたうちも巻き添えで殴り倒されて……痛かったっちゃん」  と言うと彩子は当時を思い出してか、殴られた左頬を擦ってみせた。 「……門脇君。覚えているのか?」  家永が訊くと 「いや」  あっさりと門脇が言う。
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