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「まあ、そうやろうね。門脇先輩、そん子ら殴り飛ばした後、うちに恩着せがましくならんよう、さっさとおらんくなっちょった。そんな謙虚な態度にますます惚れ……」
「……ほれ?」
「や、あの……ううん、何でもなか。それも爽やかでかっこよかったて言いたかっちゃんね」
目をハートにして彩子は言うが、
(おそらく、門脇君は彩子君を助けたつもりは微塵もなかったんだろう)
と家永は思った。
(賢い彼は、足が付かぬよう早々に立ち去っているに過ぎない)
「……」
残念そうに家永が門脇を見つめている。
その真正面では彩子が
「うちが気が付いた時、そん子らは、まだのびとったっちゃん。それで急いでお金とカードを取り返して、長崎ば帰ったとよ。本当に有り難かったとね」
熱い眼差しを門脇に送る。
極端に温度差のある視線を同時に浴びつつ、門脇は
「高2の2月って言ったな。俺、(知己先生にフラレて)めちゃ荒れてた時だ。手あたり次第ぶん殴ってた記憶ならあるが……。悪ぃな、やっぱお前のことは覚えてねえ」
とあっさり言った。
「お前……!」
門脇に『お前』と呼ばれて、彩子は身悶えしていた。
(あぁ、かっこいい! 門脇先輩は、うちに恩着せがましくするまい思うちょるんね……!)
彩子は胸の前で両手を組んで、ますます熱く門脇をじぃっと見つめた。
彩子が熱くなればなるほど、家永の視線は冷たくなっていた。
「……君に荒れてない時期などあるのか?」
と氷のような指摘すると
「とりあえず、今、俺、モーレツに先生を殴りたい時期だ」
門脇が浮かべる笑顔とは真逆の不穏な空気を醸し出した。
「ほう。指導教官を殴り飛ばす気か?」
家永も負けてない。
「殴ったら単位出さんとか、アカハラすんなよ」
「それ以前に、教官殴ったら退学だろ?」
「ちょ、やめて! うちの所為で門脇先輩と先生がケンカなんかしたら……したら……したら……」
自主的にエコーかけているような彩子の口ぶりに
「?」
何が言いたいのか? と門脇と家永が視線で問う。
「けんかなんかしたら、ちょい嬉しいっちゃが。なんなん、この気持ち」
彩子は、はにかみながら続けた。
(彩子君の所為と言えば……、そうなるのか?)
家永が微妙な表情を浮かべていると
「それを『優越感』という」
すっかり殴る気失せた門脇がツッコんだ。
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