第3話 菖蒲・7

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「まあ、そうやろうね。門脇先輩、そん子ら殴り飛ばした後、うちに恩着せがましくならんよう、さっさとおらん(いな)くなっちょった。そんな謙虚な態度にますます惚れ……」 「……ほれ?」 「や、あの……ううん、何でもなか。それも爽やかでかっこよかったて言いたかっちゃんね」  目をハートにして彩子は言うが、 (おそらく、門脇君は彩子君を助けたつもりは微塵もなかったんだろう)  と家永は思った。 (賢い彼は、足が付かぬよう早々に立ち去っているに過ぎない) 「……」  残念そうに家永が門脇を見つめている。  その真正面では彩子が 「うちが気が付いた時、そん子らは、まだっちゃん。それで急いでお金とカードを取り返して、長崎ば帰ったとよ。本当に有り難かったとね」  熱い眼差しを門脇に送る。  極端に温度差のある視線を同時に浴びつつ、門脇は 「高2の2月って言ったな。俺、(知己先生にフラレて)めちゃ荒れてた時だ。手あたり次第ぶん殴ってた記憶ならあるが……。悪ぃな、やっぱお前のことは覚えてねえ」  とあっさり言った。 「お前……!」  門脇に『お前』と呼ばれて、彩子は身悶えしていた。 (あぁ、かっこいい! 門脇先輩は、うちに恩着せがましくするまい思うちょるんね……!)  彩子は胸の前で両手を組んで、ますます熱く門脇をじぃっと見つめた。    彩子が熱くなればなるほど、家永の視線は冷たくなっていた。 「……君に荒れてない時期などあるのか?」  と氷のような指摘すると 「とりあえず、今、俺、モーレツに先生を殴りたい時期だ」  門脇が浮かべる笑顔とは真逆の不穏な空気を醸し出した。 「ほう。指導教官を殴り飛ばす気か?」  家永も負けてない。 「殴ったら単位出さんとか、アカハラすんなよ」 「それ以前に、教官殴ったら退学だろ?」 「ちょ、やめて! うちの所為で門脇先輩と先生がケンカなんかしたら……したら……したら……」  自主的にエコーかけているような彩子の口ぶりに 「?」  何が言いたいのか? と門脇と家永が視線で問う。 「けんかなんかしたら、ちょい嬉しいっちゃが。なんなん、この気持ち」  彩子は、はにかみながら続けた。 (彩子君の所為と言えば……、そうなるのか?)  家永が微妙な表情を浮かべていると 「それを『優越感』という」  すっかり殴る気失せた門脇がツッコんだ。
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