第3話 菖蒲・8

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「面白い記事があったの。  美羽。あんた、確か『中臣鎌足には恩がある』と言ってたわね」 「ん? 正しくは、門脇君に恩があるんだけど……。でも、きっかけを与えてくれた中臣鎌足には感謝しているわ」  しみじみと美羽が答える。 「なんというか……。あんた、中大兄皇子みたいなことを言うのね」 「あら、素敵。大奈ったら、いつの間に王子様と知り合ったの?」  美羽はキラキラした目で尋ねてきた。 (ええ? 知らないんだ、中大兄皇子のこと……) 「……単品で中臣鎌足を覚えている人も珍しいと思うわ」  大体、中臣鎌足と中大兄皇子はセットで覚えるものだ。だが美羽は、 「んー? どういうこと?」  意味が分からずに、カフェオレが入った紙コップを持ったまま首を傾げた。 「まあ、いいわ。それより、さっき言ってた記事なんだけど、どうも正田さんのご先祖様は、その中臣鎌足みたいよ」 「えー?」 「ほら、ここ見て」  と、大奈は携帯を差し出した。  液晶画面には 『正田姓は、中臣鎌足が天智天皇より賜った苗字(諸説あり)』  と書かれている。 「珍しい名前だし方言強いから、どこの子かなって思って、検索かけてみたのよね」 「あの子、そんな凄い人の子孫だったのね」  携帯挟んで大奈と美羽が話し込んでいるテーブルに、 「先輩達ゃあ、こがん所におったとね」  と、噂の正田彩子が現れた。 「正田さん……」  美羽の笑顔が分かりやすく凍り付く。  ミスコンでは散々悪態つかれた挙句、門脇のことで宣戦布告までされたのだ。 (まあ、そんな反応にもなるわよね)  直接の関係のない近藤大奈さえも、無意識に身構えていた。  詳細は、菊池からメールで聞いているし、それを美羽にも伝えている。  微妙な空気が流れる中、 「探したとよ。先輩達ぁ本当に学食ば好いとっと(好きなの)ねぇ」  気さくに話しかけられても、どうしても懐疑的になってしまう。 「はい、これ」  彩子は、可愛らしくピンクのリボンでラッピングされた小箱を鞄から取り出し、美羽に差し出した。 「……何?」  反射的に小箱を受け取ってしまった美羽の笑顔は、解凍されてない。 「覚えとらっさん? うちは言うたが。『御前崎先輩には色々と嫌な思いさせたけん、そのうちお詫びに伺う』っち」 「え……。もしかして、これ……わざわざ私の為に用意してくれたの?」  美羽が戸惑いながら手の中の小箱を見つめた。 「中身は、うちの手作りっちゃん。時間ばかけて、こがん(こんなに)可愛くラッピングまでしたとよ」  手作りのプレゼントによほど自信と愛着があるのだろう。彩子は自慢げに言った。 「嬉しい。ありがとう」 (もしかして、この子、すっごくいい子なのかも)  彩子の真心籠ったプレゼントが、嬉しい。ようやく美羽に自然な笑顔がこぼれた。
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