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「安心しろ。俺がなんとかする」
『助かる。本当だったら、俺が今すぐ家永の所に行って何か元気の出そうな食いもんでも作りたいくらいなんだが、生憎と授業があって行けそうにない』
(食いもん?)
門脇の傍で電話の内容に聞き耳を立てていた家永が、ピクリと反応した。
(平野が食えるものを作ったことがあっただろうか?)
いや、ない。
「それ、瀕死の家永先生を確実に死に至らしめる行為じゃないか」
門脇が言うと
『そんなことはない。な、家永!』
電話の向こうで、同意を求める親友の声がしたが
「……」
それには答えず、
(俺は、平野にこんなにも心配かけたのか……)
家永は自分の置かれている状況をじわじわと把握しつつあった。
放送事故にでもなりそうな3秒の沈黙の後、
「……まあ、いいや。とりまそういうことだから、知己先生は俺に任せて午後の授業に行け」
と門脇が言う。
『おう、感謝する』
知己は安心して電話を切った。
「……」
「なんだ、その顔?」
家永は、鳩が豆鉄砲を食ったらこんな顔をするのだろう……という顔をして、門脇を見ていた。
「……今、午後と言ったか?!」
「言った」
門脇は、携帯をズボンのポケットにしまいながら答えた。
「……つまり、俺は今の今まで寝ていて、午前の授業をぶっちぎった……ということか?」
かなりの時間寝落ちしていたことを自覚した。
門脇に「そうだ」と言われ、
「……今日の午前の授業取っていた学生に詫びねばならんな」
ぼそりと呟く。
「後、研究室の先輩たちにも、だな。研究室に入れないで、実験進められなくて焦ってた」
容赦なく、門脇は被害者を追加した。
日単位、時間単位で細かくデータを取っているので、研究室に入れなかったら即アウトの実験を多く抱えている。
「……そうだな」
家永はゴロリと寝返りを打って仰向けになった。
「とりあえず、生きてんだな?」
「多分。呼吸も脈拍も今は正常だ……と思う」
(吸われた時は、かなり乱れたが)
それを言うと、なんか負けたかのようで悔しいから、家永は黙っていた。
「酷え状態だな。授業にも電話にも出なくて、ひたすら寝ていたのか?」
「そうみたいだ」
他人事のように言うが、寝ていたというのは本当だと思われた。仰向けになった家永のこめかみには、しっかりと眼鏡のツルの痕が刻まれている。
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