第1話 桜・2

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「かっわいくねえな。俺に来てほしかったくせに」 「門脇君に可愛く思われなくて結構だ」 「朝飯もロクに食わねえ先生のこと考えて、買い出しに行ったんだぜ。もっと俺のこと、有難く思えよ」 「……そうだな、感謝はしている」  家永は、先ほど門脇が並べた長机の上のサンドイッチを見た。  購買部では、幻だのツチノコ並みの出現率だのと言われるほど、いつもは店頭に出るとすぐに売り切れてしまうサンドイッチ。中でも超人気のたまごサンドとカツサンドだ。 「レアものゲット、ありがとう」  普段は穏やかな家永の目が輝いた。 「だったら無関心装ってないで、ちょっとくらい言ってくれてもいいんじゃね?」 「何をだ?」 「言ってくれなきゃ、今からでもよその研究室に行っちゃうぞ」 「だから何をだ」 「『俺が欲しい』って」 「……………………………………………………はあ?」  かなりの間を置いて、家永が (何を「はないちもんめ」みたいに言わせたいんだ? こいつは?)  な顔をした。 「ほら、先生。さっさと言えよ」 「……っ」 「素直に『門脇君が欲しい』って言わなきゃ、ご褒美あげないぞ」  ご褒美と言って、門脇は長机の上のものを指した。  レアものサンドと、朝からフル活動の脳へのご褒美プリンと研究室の煮詰まったコーヒーでは味わえない極上のブレンドコーヒーに、キラキラのエフェクトがかかって見えるようだ。  だがあまりに鷹揚な態度の門脇に、家永晃一は素直に従えない。むすっと口を引き結び、 「……言わん」  と返事を絞り出した。 「……これだから大人は嫌いだ」  門脇は呆れるが、家永も負けていない。 「門脇君も去年20歳(はたち)を迎えて、大人の仲間入りをしただろう。その言い方は狡くないか」 「俺は、大事なこと言えねえ大人になったつもりはねえな」  お互いに一歩も譲らない膠着状態に思えた。  だが、不意に  くくくー  と微かに音がした。
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