Ⅰ章――海の伝説

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 焼かれたテトラポッドの上。水がかかってないところはまともに歩けたもんじゃない。 「アチアチッ、ひぃい~~!」 「キオ、腰が抜けてんぞー」 「その程度の熱さで()を上げてんじゃ、男がすたるな」  海からワイワイと俺を馬鹿にする。朝川とヤブ。俺のクラスメイトだ。  俺と違って生まれも育ちもこの島の住人。こいつらはまだ俺をよそ者扱いしてくる。冗談とわかっているが、ムカつく……。 「ウッセエッ! お前らと違って俺は繊細なんだよ!」  テトラポッドに手をついてるようじゃ確かに様にならない。  海水を浴びたテトラポッドに移動し、体を起こす。顔を下へ向けると、透き通る海が見通せる。火照る体が欲するままに、おもいっきり飛んだ。  清涼な海水にすっぽりと体が入り込む。鼻の奥がつんとする感覚に眉根(まゆね)を寄せた。  視界にかかる白い気泡がまだらに視界をぼやかしたが、すぐに美しい海の光景が広がった。  騒々しい俺から離れて、魚がうかがっている。こんな海が実在したのかって疑うほど綺麗だった。天然の水族館とはよく言ったものだと思う。  俺は海面から頭を出し、顔を拭う。  ヤブは焼けた素朴な顔を渋柿みたいにさせている。 「たくっ、近くに飛び込むヤツがあるかよ」 「あれー? ビビっちゃったのかねぇ? ヤブも案外かわいいとこあるんじゃないのぅ~」 「キオにかわいい言われて嬉しいヤツはこの世にいねえな」 「プププ、ヤブが照れてる」  スポーツ刈りの朝川も俺のからかいに加担する。 「はあん⁉ 照れてねえっし!」  ヤブはいきり立って必死になっている。 「こりゃ図星みたいだなぁ」 「うんうん、図星だ」  俺たちは調子づいて追い込みをかけた。顔をうつむかせて体を震わせるヤブ。様子を見ていると、突然顔を弾き上げた。顔を赤くし、歯を向き出したヤブは赤鬼のようだった。 「おんめぇら、許さぁああんっ!」 「やべ、マジで怒ってる⁉」 「朝川! 逃げるぞ!」 「な! お、置いてくなよ~」 「待たんかボッケもんがあああ!」  俺と朝川は狂暴な魚人と化したヤブから逃げるべく、全速力で泳ぎ出した。        Φ  Φ  Φ  Φ  高校進学に合わせ、離島に移り住むことになったのには浅いワケがある。忘れもしない。一年前の四月十二日。家族で久しぶりに夕食を囲んだあの日、いつもよりご機嫌な父ちゃんが俺たちに告げた。 『会社、辞めてきた』
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