Ⅰ章――海の伝説

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          Φ  Φ  Φ  Φ  俺はヘトヘトになりながら人気(ひとけ)のない海岸に上がった。  ゴツゴツした海岸に腰を落とす。ヤブ鮫はうまく撒いたようだ。  ちょっと海水を飲んでしまった。ここでしばらく休憩しよう。ヤブの機嫌が収まる頃にひょっこり顔を出せば、許してもらえるはずだ。  ここらの海岸は岩礁地帯になっている。この岩礁もそうだが、どこからか流れ着いた釣り針やガラス片で足を切って流血するから、本当は靴かサンダルなどを履いていた方がいい。  危ないゴミを見かけたとしても、それらが(かす)んでしまうほどの綺麗な海とサンゴ礁。この島の海が綺麗である一つの理由が、島をぐるりと囲むようにできたサンゴ礁らしい。  サンゴ礁の周辺には多くの海洋生物がいる。シュノーケリングで海中遊覧をすれば、思わず写真を撮りたくなる光景に出くわせる。  その時、視界の端で何かが動いた。海面から出てきたそれは、濡れた体をこちらへ運んでくる。  海から出てきた人物は、シュノーケルをつけているせいで顔をうかがえないが、おそらく女だと思う。女は水着ではなく、ウェットスーツだった。  手にした赤い網には何やらゴツゴツしたものが入っていそうだ。素潜りしていたのかと一瞬よぎったが、どう見てもゴミにしか見えない。  女はシュノーケルを外し、目線を合わせてくる。褐色の肌につり上がった目尻、黒のショートヘアと澄んだ黒い瞳。こいつ、ウチのクラスの……。  彼女は目線を逸らし、俺の前を素通りしていく。 「よ、お前も海水浴か?」  声をかけるが、彼女は反応しなかった。 「おーい、もしもーし? 無視はだいぶ傷つくぞおー」  彼女は立ち止まり、呆れ顔を向けた。 「君に言わなくちゃいけない?」 「へ?」 「あたしが何してようが、君に関係ないでしょ」 「そう邪険にするなよ。単に聞いただけだろ」 「じゃあ言う必要ないよね。じゃ」  素っ気ない態度で、彼女は足ひれをつけたまま器用に岩場から去っていく。俺は彼女の背中を見つめ、唇をゆがめた。
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