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見当たらなかった側仕えの声がしたので、王女は出入り口のほうに笑顔を向ける。
「ああピア、あなたもここに来て一緒においしい焼き菓子を――」
彼女の姿を目に映したロゼルタは、一瞬言葉を失った。
「ピア……?」
肩で息をしている側仕えの襟元のレースはめくれ上がり、きちんと結っていたはずの亜麻色の髪もところどころほつれている。
「ど、どうしたの?」
「お……王女さま……」
ピアは思いつめたような表情をして、呼吸を整える間もなく叫んだ。
「大変ですっ!」
ただごとではない様子に、ロゼルタは急いで立ち上がりピアのもとへ向かう。
「落ち着いて。何があったの?」
「わ、わわ、わたし、さっき……」
そこまで言いかけるとピアはハッとしたように口をつぐみ、慌てて後ろ手でしっかりと扉を閉めた。
「大丈夫?」
どうやら誰にも聞かれたくない話のようだと思いながら、ロゼルタはピアの汗ばんだ頬にそっと触れる。
「ロゼルタさま……」
ハシバミ色の瞳を少し潤ませ、側仕えは長身の王女を見上げた。
初めて出会った八歳のときには、同い年のふたりの目線の高さはほとんど変わらなかった。
「こんなに……ご立派になられて……」
まるで生まれたときから見守ってきた乳母のような風情でしみじみと呟くと、ピアはキッと表情を引き締めて力強く宣言した。
「やはりっ、この国の次代の君主にふさわしいお方は、絶対にロゼルタさまですっ! 我らが王女さまに他なりませんっ……!」
「あ、ありがとう……?」
不可解そうにロゼルタは礼を言う。
成人となる十九歳の誕生日に女王陛下の唯一の子どもであるロゼルタが立太子するというのは、とっくに決まっていることだ。
「――ねえピア、一体どうしたの? 私にきちんと話して」
ピアは神妙な顔をしてしばらく押し黙り、やがて覚悟を決めたかのように「ロゼルタさま」と呼び掛けた。
「どうか、気を確かにしてお聞きくださいね」
「うん?」
「わたし……、見てしまったんです」
ピアの声は少し震えていた。
「ロゼルタさまの他に、〝王位継承者のしるし〟を持つ人を……!」
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