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毛虫でも振り払うような勢いで、ピアはロゼルトの手を振りほどいた。
「ピ、ピア?」
「な……何を考えていらっしゃるんですかっ!」
ぽかんとしたロゼルトに、厳しい声が浴びせかけられる。
「あっ、あなたは、どうしてわたしがお暇をいただこうとしたのか、おわかりではないんですか……!?」
ロゼルトはしょんぼりと眉を下げ、「――わかってるよ」と答えた。
「ずっと君に僕の性別を偽り続けてきたからだよね……。本当にごめん。王家のくだらないしきたりのせいで、ややこしいことになっちゃっ……」
「そうじゃないっ!」
ピアの言葉から敬語が抜け落ちる。
「しきたりのせいなんかじゃない……!」
見る見るうちに、ピアのハシバミ色の瞳は厚い涙の膜で覆われていった。
「あなたから深く信頼していただいていると思っていたのが、わたしの大きな勘違いだとわかったから……!」
「ご、誤解だよ!」
ロゼルトは慌てて否定する。
「僕はいつも君のことを誰よりも信頼して――」
「だったら、どうして嘘をつき続けたんです!?」
「そ、それは……」
「欲望にまかせて、手近にいる物知らずな娘を慰み者にしたかったからでしょうっ!?」
大きな衝撃を受けたように、ロゼルトは愕然と目を瞠った。
「な……慰み者……?」
「そうでしょう?『この重要な秘儀を任せられるのはピアだけなのよ』なんて、わたしの自尊心をくすぐって……」
ピアの眼のふちから涙がどっと溢れ出す。
最後の一線は越えていなかったとはいえ、二人は『結婚―閨の作法―応用編』に載っているようなことまで何度も繰り返してきた。大きな偽りはそのままに、真実の愛を誓い合った夫婦がするようなことを。
「ち、違うよ、僕は決してそんなつもりで」
「――出ていってください」
「えっ」
「どうやって入り込んだのか知りませんが、今すぐここから出てってくださいっ!」
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