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「……っ……?」
そのまま、ロゼルトはぴたりと動かなくなる。
訝しく思ったピアが恐る恐るまぶたを開けると、王女の姿をした王子は遠慮がちに口を開いた。
『歌が……始まっちゃったから』
唇の動きを読み取ったピアは、不思議そうに「歌……?」と呟く。
「――あっ」
少し考えた後、ピアは今夜が夏至の前夜だということに気がついた。
『こうしてても、いい……?』
控えめに伺いを立てたロゼルトを、ピアは目を丸くして見つめる。
『急に動いて、驚かせてごめんね』
何度か瞬きをした後、ピアはそっとロゼルトの手首を掴み、ゆっくりと自分の耳から離した。
「ピ、ピア……?」
西の塔と王宮前広場は離れているのではっきりとは聴こえてこないが、耳を澄ませば例の伝承歌が響いているのがわかる。
心配そうな顔をしたロゼルトに向かって、ピアは穏やかに微笑んだ。
「わたし……、もう大丈夫みたいです」
「えっ」
「いつの間にか、そんなに気にならなくなっていたようです」
心に残る古い傷痕は、もうほとんど疼かない。
知らないうちにずいぶん癒えていたのだと、ピアは静かな感慨に包まれた。
「ほ、本当に?」
「はい」
「無理してない?」
「してません」
「ああ、よかった……!」
ロゼルトは喜びを溢れさせ、ピアの両手を包み込むようにぎゅっと握る。
「ずっと、少しずつでもいいから辛い気持ちが薄らいでいって欲しいって――」
ピアの戸惑ったような視線を感じ、断りもなく触れていたことに気づいたロゼルトは慌てて手を離す。
「ごっ、ごめん……」
ぎくしゃくとした沈黙がふたりを包んだ。
「あ……そ、それならもう、僕がここにいなくてもいいね……」
ロゼルトはぎこちない笑みを浮かべ、ずりずりと後ろに下がって寝台から降りる。
「お、おやすみ。いきなり押しかけて悪かっ――」
「あのっ」
どうして呼び止めてしまったのか、ピアは自分でもよく分からなかった。
そしてさらに思いがけない言葉が、勝手に口をついて出てくる。
「でもまだ少し不安なので、今夜はここで一緒に寝んでくださいませんか?」
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