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アルドは慌てて弁明する。
「気分がすぐれないというピアさまと偶然テラスで会ったので、休憩室まで送り届けただけですよ! 未婚の令嬢におかしな噂が立つのは良くないだろうと、女性の召使いに温かい飲み物を持ってくるように頼んで、俺はすぐにその場を離れました」
「――模範的なふるまいだ」
侯爵が肯定的な感想を差し挟むと、思い込みにどっぷりと浸かっていた夫人は目を覚ましたかのようにぱちぱちと瞬きをした。
「あ、ああ……そ、そう……だったのね……」
「とにかくっ、俺はピアさまを恋愛や結婚の対象として考えたことは一度もありませんし、あちらもきっとそうです!」
アルドがきっぱりと言い切ると、夫人の顔は光が射したかのように明るく輝き始めた。
「そっ、そうよね。アルドちゃんには縁談なんてまだまだ早いわよねえ」
「ま、まあ……そうかも知れませんね」
消極的ながらアルドが同調すると、夫人の機嫌はすっかり直ってしまった。
「ほーんと、噂の独り歩きって怖いわあ。皆さんにしっかり訂正しておかなくちゃね! ピア嬢にも申し訳ないし」
「よろしくお願いします」
「ピア嬢は、慎ましやかで可愛らしい上に深い教養もあるとあちこちで大評判よね! 事実無根とはいえ、アルドちゃんが噂になったお相手があの方で、まだ良かったのかも知れないわあ」
不意に、侯爵が息子に訊ねる。
「アルドはその噂を真実にする気はないのか?」
母と息子の「えっ?」という声が重なった。
「バレンテ伯爵は食えない男だが家柄としては釣り合いが取れているし、何より当のピア嬢の人品は女王陛下ご夫妻からも保証済みだ。年回りもちょうどいいし、アルドの結婚相手としてまたとない女性かも知れんぞ」
「い、いや父上、それは」
「あ、あなた、アルドちゃんはまだそんなっ」
母と息子が同時に異論を唱えようとしたところで、突然、資料室につながる扉が壊れんばかりに荒々しく開いた。
「話は……終わりましたか?」
「お、王太子殿下……」
ゆらりと姿を現したロゼルトの目元には薄暗い影が差し、微笑んでいるはずなのになぜかちっともそうとは見えず、ノーヴィエ侯爵家の三人は思わずぞくりと背筋を凍らせる。
「そろそろ執務に戻りたいのですが。――よろしいですね?」
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