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第4話『合縁奇縁』
【紅姫】
夜が訪れた。家の中には美味しそうな香りが漂い、暖かな灯りが灯った。
「先に風呂入ってきな」
夕都さんにそう言われ、お風呂場へと案内される。昔ながらの暗くて寒いお風呂場を想像していたが、扉の先は明るく暖かく、最新のお風呂場だった。檜の香りの入浴剤が入れられた湯船に浸かる。
夢のようだけど、夢じゃない。不思議な気持ちだった。だけれどとても心地良くて、自然と笑みが溢れる。鬼姫の里は、本当に存在したんだ。
お風呂場の手前には脱衣所もあり、小さな洗面台も備え付けてあった。着替えてから、サッと髪を乾かして、長い廊下を戻る。廊下は古く、所々で軋んだ。磨き上げられ黒く光る床板に、外からの月明かりがぼんやりと映る。庭の脇を通る廊下の窓は開け放たれており、初夏の夜風が吹き込んできていた。
「綺麗な場所だなぁ…」
夜風に当たりながら、ぼんやりと外を眺めていた、その時
「鬼姫様ぁ〜!!!」
柔らかな声が聞こえたかと思うと、急に視界が暗くなった。すぐに誰かに抱きしめられたのだと気づく。この声はきっと……遠い過去の記憶に答えを探す。
「景都!!お前何してんだよ!!」
夕都さんの声が聞こえ、身体を引っ張られる。目の前にあった顔…懐かしい顔。
「えっと……景都くん?お久しぶりです」
夕都さんに支えられたままで、挨拶をする。
「紅姫、危なかったなぁ。こいつ、風呂を覗きに行こうとしてたんだからな」
夕都さんに睨まれた景都くんが、えへへと笑って、顔の前で手を合わせる。その姿が可愛くて思わず笑ってしまう。いや、笑い事ではないけれど……。
「あんまり甘やかすなよ。こいつ、すぐ調子に乗るから」
「いいじゃん。ボク、褒められて伸びるタイプだしぃ。可愛がってくれたら、どんどん良い子になるよぉ〜。ねぇ、紅姫さん」
ギュッと私の腕に自分の腕を絡めてくる景都くん。そうだ……この子は少し甘えっ子だったっけ。懐かしい記憶がまた一つ浮かび上がってくる。
私を間に挟み、夕都さんと景都くんは話しつづける。なんだかんだで仲が良い兄弟なのを思い出していた。
居間に入ると、テーブルの上には所狭しと料理が並べられていた。台所から居間へと、黒耀が忙しなく行き来している。
「手伝おう」
スッと現れた青鬼が黒耀の手伝いに回る。確か……景都さんの守り鬼の青凪さんだ。
「青凪、先に姫様にご挨拶したらぁ?」
座布団に胡座をかいて座った景都くんがそう声をかける。目線は並べられた料理に釘付けだ。
「そうだ。姫様、ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。青凪でございます。こうしてまたお会いできた事、とても喜ばしく思います」
深々と頭を下げて、青凪は言う。背丈も体格も人並みの成人男性と変わらない青凪。人間に擬態する術も上手く、人間界に関する知識も豊富だ。
「ありがとう。私も、また会えて嬉しいです」
そう応えた時、玄関の開く音がした。
「ただいまー」
きっと、これは末弟の雅都くん。
「あ……鬼姫様!本当に……本当に、鬼姫様だ。お、おかえりなさい!!」
「姫、おかえり」
雅都くん、そして雅都くんの手を握り一緒に帰ってきた黄鬼…黄雷だ…が頭を下げる。
雅都くんと一緒に過ごした時間は短い。そして、誰よりも悲しく寂しい思いをさせただろう。都から帰ってきたら、焼け落ちていた神殿。亡くなった兄たちと主。どれだけの絶望が彼を襲った事だろう。だからこそ、今こうして雅都くんと黄雷が笑顔でいてくれる事がとても嬉しい。
「ありがとう」
黄雷の頭を撫でながらそう言う。でも……何だろう、この違和感は。何かが引っかかる。雅都は本当にあの時いなかったのか??じゃあ、あの時倒れていた2人は誰??
頭痛と共に夢で見た光景がフラッシュバックする。炎に包まれた神殿。立ち尽くす私。目の前には黒髪の女性が背を向けて立っている。いつもはそれだけの光景なのに、どうして今は違うものが見える?黒髪の女性の前には2人の男女。その奥には、焼け落ちた建材の下敷きになり重なるように倒れた2人。誰なの?あなたたちは……一体誰??
「紅姫?どうした??さぁ、メシにしようぜ」
夕都さんの声に我にかえる。今のは何だったんだろう。もしかして、これが鬼姫の本当の記憶なのだろうか?夕都さんたちと再会したことで、今まで深い所で眠っていた鬼姫の記憶が目覚めてきているのだろうか。
それぞれが守り鬼を伴って席につく。黄雷は雅都くんの膝の上に座った。私は夕都さんと景都くんの間に座ることになった。
「鬼姫様との再会に…乾杯!!」
黒耀が音頭をとり、皆が高々とグラスを掲げる。
賑やかな食事だった。笑顔と笑い声で溢れた時と空間。今日会ったばかりの人たちなのに……この世では全く違う生活を送ってきた人たちなのに……まるでずっとこうして、ここで暮らしていたかのような、そんな風に感じられた。過去からの縁って本当に存在するんだなぁ。美味しい料理とお酒、そして大切な人たち。幸せに囲まれてうっとりとしていた、その時。
「ねぇ、誰か電話鳴ってない?」
景都くんがそう言う声で、夕都さんと雅都くんがほぼ同時にスマートフォンを取り出す。
「俺じゃねぇよ」
「僕も違います」
「ボクでもないよ。ってことは?」
私は急いで、バッグに入れっぱなしだったスマートフォンを取り出した。鳴っていたのは私のだった。相手は……
『奥ちゃん……!?』
別れてから今までメールやラインで連絡は取っていたが、電話がかかってくるのは初めてだった。通話をタップできずに、私は画面を見つめていた。電話はなかなか鳴り止まない。スマートフォンを耳に当てて佇む奥ちゃんの姿は、容易に想像できた。少し俯き加減で寂しそうな顔をして、私が電話に出るのを待っている。きっと奥ちゃんにも見えているんだろうな。画面を見つめたまま固まっている私の姿が。
その時、スッと私の手からスマートフォンが取り上げられる。景都くんだった。
「奥本司…へぇ〜。そういうことかぁ〜」
フルネームで登録してある名前。ディスプレイに表示されたその名前を見て、景都くんはニヤリと笑う。そして
「もしもぉーし。宮鬼でぇーす」
躊躇うことなく通話を始めた景都くん。突然の事に驚いて声が出ないのは、私も奥ちゃんも一緒らしかった。
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