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2.運命を切り開く指輪
「シエラ様、もうお戻りになったのですか? ――どうなさったのですか、お顔の色が真っ青ですわよ!」
部屋に戻ると侍女のメアリーが、掃除の手を止めて駆け寄ってきた。
「メアリー、あなたともお別れしなきゃいけないのね……さびしいわ」
「お別れってどういうことですか?」
私が事情を話すと、心優しい彼女は目に大粒の涙を浮かべる。私もつられて泣きそうになるのをぐっとこらえた。
「そんな酷いです! シエラ様は立派な王妃様になる為に毎日頑張っていらっしゃいましたのに、あんまりでございます……ううっ、ぐすっ」
「泣かないでメアリー。実家に帰って、もっと素敵なお相手を探して王子様を見返してやるわ! ねっ、だから大丈夫よ!」
追放される以上そんなことは無理だとわかっているけど、彼女を元気づける為に嘘をついた。
彼女はこの王宮で私が唯一、心を許せる味方だった。だからできれば悲しませたくない。
「ぐすっ、ぐすっ……シエラ様…………絶対、幸せになってくださいね!」
「ありがとう、メアリー」
私はハンカチを取り出して彼女の涙をぬぐった。
その後も時々涙ぐむメアリーを慰めつつ、私達は荷造りをした。
調度品のほとんどは未来の王妃の為にと用意された物なので、私個人の持ち物なんてたいした量ではない。
部屋の掃除も日頃からメアリーがきちんとやってくれているから、あっという間に荷造りも片付けも終わってしまう。
馬車がくるまでは、まだ少し時間はありそうだった。
「ちょっと外の空気を吸ってくるわね」
最後に王宮の景色を見ておきたい、そう思って部屋を出た。
城の中庭にある庭園で深くため息をつく。
「この庭園もお気に入りだったのに。きっともう来ることは無いんだろうなぁ……」
複雑な気持ちで景色をしばらく眺め続けた。
「あら、あんなところにお婆さんが……どうしたのかしら?」
庭園から戻る途中に、年老いた老婆が杖をついて階段を登ろうとしているのが目に入った。
階段はそれなりに段数もあるし、荷物も持っているので大変そうだ。
ちょうど人が出払っている時間なのか、周囲には衛兵や使用人の姿も無いようだった。
「あの、よろしければお手をどうぞ。それと荷物もお持ちしましょう」
私は老婆を驚かせないようにそっと声をかけた。
「おや、親切なお嬢さん。ありがとうねぇ……」
私は老婆の代わりに荷物を背負い、手を引いて一緒にゆっくりと階段を登った。
「いやぁ、助かったよ。アタシは占いを生業としていてね。昔から王家にお仕えして、吉凶を占ってきたんじゃよ。今日は久しぶりにお呼びがかかったんだけど、予定より早く着いてしまってねぇ――」
この老婆が、王家お抱えの占い師だったなんて。
そういう人が存在することはずいぶん前に聞いたことがあったけど、実際に目にするのは初めてだった。
「そういえば、王宮で近いうちに祝いごとがあるんだってねぇ……お嬢さんもご存知かね?」
「えっ、えぇ……まぁ……」
おそらく、王子とマリアンヌの婚約発表のことだろうか。
私の複雑な表情に何か察したのかはわからないけど、老婆は階段を登りきると、私の額に手をかざした。
「親切なお嬢さん。お礼にあんたのことを占ってあげよう」
「えーっと、あの――」
「何も言わずともアタシにはわかるよ。目を閉じて楽にしていなされ…………」
老婆の手から柔らかく光が差して、私は反射的に目を閉じた。
「うん……なるほどねぇ」
老婆はかざしていた手を下ろして、私の手をとった。
「お嬢さんが薬指につけているこの指輪はどこで手に入れたんだい?」
「これは、母の形見の指輪です」
炎のように真っ赤な石が埋め込まれた金色の指輪。そこまで高価な品では無さそうだが、私にとっては亡くなった母との結びつきでもある大切な品だった。
「いいかい? その指輪を何があっても肌身離さず持っているんだよ。きっとそのことがお嬢さんの運命を切り開くことになるからねぇ……それじゃ本当にありがとうね、お嬢さん」
老婆はそれだけ告げると、駆け寄ってきた衛兵と共に広間の方へと消えて行った。
「この指輪が、私の運命を切り開く……」
私は鈍く光る指輪をじっと見つめた。
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