20.聖女の怒り

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20.聖女の怒り

「王よ、魔王ガルトマーシュが問う。我が森を燃やしたのは、そなたの意向によるものか?」  ガルが魔王らしい威厳のある口調で、玉座でふんぞり返る国王に問いかけた。 「ふむ……民を納得させるべく、魔王の居城に軍の派遣をしたという実績が必要であったゆえ、進軍を命じたが……火を放つところまでは命令しておらぬ。おそらく功績を挙げようとした者たちの暴走であろう」  ……国王はあくまで軍の一存でやったことにするつもりらしい。  それが本当かどうかはわからない。  しかし、それが国をあずかる責任者としての態度だろうか。  そもそもそんなくだらない実績の為に、平和に暮らしていた皆が危害を加えられるなんてこと、絶対にあってはならない。  燃えさかる炎に森や城下町が焼かれ、火傷や怪我を負った皆の姿が思い出されると、怒りで体に震えが走る。  ――許せない。  私の怒りにシンクロするかのように、指輪が熱くなっていくのを感じる。  そして指輪がひときわ大きく光を放ったかと思うと、玉座に雷が落ちた。 「ひぃっ……!」  雷の衝撃で、国王は椅子から転げ落ちる。  玉座は真っ二つに割れていた。 「あぁ……先祖代々伝わる王の証である玉座が……」  先ほどの不遜な態度とは一変して、床の上でおろおろと這いつくばりながらも割れた玉座に近づく。  国王にとって玉座はアイデンティティで、縋りたい物なのだろう。  私は前に進み出て、ガルの隣に並び立った。  「国王、本当はあなたが森を燃やすように命令したのでは無いのですか?」 「それは……」  国王が焦げ臭い匂いを放つ玉座をちらりと見たので、すかさずガルが脅しをかけた。 「正直に答えよ。次は玉座だけでは済まぬぞ?」 「…………魔物どもを炙り出せ。手段は問わぬ、必ず成果をあげて凱旋せよと、そう命じた」 「国王、あなたのせいで皆が……!」 「国を治める為に、魔王の侵略から民を守っているという筋書きが必要だったのだ。大勢の人間をまとめるには共通の敵を作るのが一番簡単だ。異形であり、強大な力をもつ魔王の存在を流布するのは非常に有効であった……」  王国が罪なき魔物たちを迫害していたというガルの話は、やはり真実だったのね。 「しかし、まさか魔王がここまで強大な力をもっていようとは……完全に誤算であった」  そこまで話すと国王はがっくりとうなだれた。鈍い音を立てて王冠が床に転がる。 「我が力を理解したようで何よりだ。だが、本当の誤算は聖女であるシエラを追放したことだろうな。もし彼女が王国側に居たら、俺は再び封印されていたかもしれない」  ガルが私の腰に手を回して抱き寄せた。 「ぐぬぬ……」 「さて、こちらから要求がひとつある。王国軍が二度と森に手出しをせぬよう、今ここで不可侵条約を締結してもらいたい」 「なんだと……」 「我が手にかかれば、貴様たちを皆殺しにすることなど造作も無きこと。唯一の対抗策である聖女がこちらの味方である以上、そちらに拒否権は無いと思え」 「化け物の分際で……」  国王は床に座ったまま、悔しそうにこちらを見上げる。  本当この人、何もわかってない。 「化け物なんかじゃありません! 確かに彼らは私たちと姿かたちは違います。しかし、私たちと同じように泣いたり笑ったり、家族や仲間を慈しむ優しい心を持っています。彼は家族や仲間を守りたいだけです」 「シエラの言うとおりだ。この姿が相容れないのなら受け入れろとは言わぬ。だがこれ以上、我が同胞を傷つけるようなことは魔王ガルトマーシュの名において絶対に許さん!」 「むぅ……うむむ……」  うなり声をあげる国王に、ガルは飴とムチを使い分けるかのように優しい声音で続ける。 「それに、不可侵条約ということは『我々からも攻め込んだりしない』という意味でもある。それはそちらにとって有益であるとは思わぬか? 平和こそ、民の望むものであろう?」 「魔王たちは争いなど望んでおりません。今回のことも王国側の侵略があったから起きたことです。どうか民の安寧の為にも条約を結んでください!」 「…………わかった。そなたらの言う通りにしよう」  国王は王冠を拾って立ち上がった。それと同時に広間に衛兵たちがやってきた。  今更来たところでと思うが、どうやら、がれきで通路がふさがっていて来るのが遅れたらしい。 「国王様、ご無事でございますか! な、なんということだ……」  衛兵たちは広間の惨状と、その事態を引き起こした原因を目の当たりにして固まっている。 「大事無い。今すぐ大臣にここに来るように伝えろ――」  国王は疲れた表情をしながらも大臣を呼び寄せ、ただちに不可侵条約の条約文を作成するように命じたのだった。
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