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21.メアリーとの再会
「ガル様、聖女殿。お見事でございました」
「うむ」
キールさんがうやうやしく私達に声をかけると、ガルは軽くうなずいて静かに応えた。
――これで平和になるのかしら。
まぁ、でも仮に王国軍がまだ戦う気だったとしても、ガルがいる限り大丈夫そうだ。
彼があんなに強いなんて知らなかった。
でも、そんな彼でも、私の指輪には勝てないのよね……もしかして聖女って結構、責任重大なのでは。
私の思いを知ってか知らずか、指輪はただ鈍い光を放つのだった。
大臣から条約文の書類を受け取ってガルとキールさんが内容を確認していると、扉をノックする音がした。
「失礼します。お茶をお持ちいたしました」
緊張した声で女性がティーセットの乗ったワゴンを押して入ってくる。
広間の惨状は皆に伝わっているはずなのに、こんな状況下でもお茶を用意するのね。
ちなみに先ほど私に股間を蹴られて白目をむいてしまった王子は、衛兵たちが回収していったのでこの場に残っているのは私達と大臣と国王だけだ。
その時、ワゴンを押していた女性が急に大声をあげた。
「シエラ様……! シエラ様ではありませんか!」
「メアリー⁉」
「やはりシエラ様ですのね!」
メアリーは私の元へ駆け寄ろうとした。
しかしそのとき、ガルが吹き飛ばした屋根の残骸がミシッと音を立てて崩れ落ちてきた。
「キャァァァァッ!」
視界に一瞬白い何かが映った気がして、ぶわっと風圧が顔にかかる。
「危ないところでしたね、お嬢さん」
キールさんがメアリーを抱きかかえて立っていた。
先ほど視界に映ったのはおそらく彼の白い翼だったのだろう。
「お怪我は?」
「ありません……ありがとうございます」
「キールさん! ありがとう!」
「いえ。別にたいしたことではありませんよ」
私も礼を言うと、キールさんは涼しい顔でメアリーを降ろしてまるで何事も無かったかのように再び書類の確認作業に戻った。
「さすがだな、キール」
「あの程度どうということはございません。それにガル様もお気づきになられたでしょうに……」
「キールが動くのが見えたのでな。それなら大丈夫だと思った」
「さ、さようでございますか」
私たちにお礼を言われた時とはうって変わって、口元がゆるんで照れくさそうな顔をしている。
やはり主君に褒められるのはうれしいのだろう。
残骸が落ちた音を聞きつけて衛兵たちが再びやってきたので、国王は目の前の残骸を片付けるように命じた。
その様子を横目で見ながら、メアリーは私に小声でたずねてきた。
「それにしても、シエラ様はどうしてあの方々と一緒にいらっしゃるのですか? あの凛々しい殿方は魔王……ですわよね?」
「えぇ、そうなのよ」
「ご実家にお戻りになるとお聞きしておりましたのに、魔王と行動を共にしているなんて。いったい何があったのですか?」
「えっ、それはちょっと――あっちで話しましょう」
さすがにガルや国王の前で説明するのは、いろいろと気まずい。
私は彼女を広間の外に連れて行き、王子に暗殺されかけたことや森で魔王に出会って魔物たちと暮らすようになったことを話した。
「……それは恐ろしい目に遭われたのですね」
「えぇ、王子が私を口封じに殺すつもりだったと知った時は絶望したわ」
「でも今のシエラ様は、王宮にいらっしゃる時よりもお顔が活き活きとしていらっしゃいますわ。きっと良いご縁でしたのね」
「えぇ。ガルも優しいし、魔物たちも皆優しくてとても良くしてくれるの。だから王国軍が森に火を放ったことが許せなくて――」
王国が今までにガルたちにしてきた仕打ちを話すと、メアリーは衝撃を受けたようだった。
彼女は、私の婚約破棄の騒動を知っている。
だから王家に対してもともと不信感はもっていたのだろう。
そこへ今回のいきさつを聞いたメアリーは、居ても立ってもいられないという表情で私に訴えた。
「……なんと酷いことをするのでしょう。そんな恐ろしい企てをする王家にお仕えすることに、私はつくづく嫌気がさしました! シエラ様、どうかガルトマーシュ様のお城に私も連れて行ってくださいませんか?」
「まぁ! メアリーも一緒に来てくれるの?」
「えぇ。再び侍女としてお仕えさせてくださいませ!」
広間に戻ってガルにメアリーの希望を伝えると、彼は目を丸くしつつも承諾してくれた。
「魔王の城で暮らしたいなんて、変わったことを言う女はシエラだけだと思ったんだが……俺たちはかまわないぞ」
「ありがとうございます、ガルトマーシュ様!」
「ガルでいい。配下の者たちも皆、ガル様と呼ぶからな」
「あら、うふふ。シエラ様のお話通り、本当に気さくなお人柄ですのね。よろしくお願いいたします。魔王様のお城での生活、楽しみですわ……」
そう言いながらメアリーは、さりげなくキールさんの方を見て、目を潤ませている。
キールさんはガルとはまた違うタイプの美形だ。
そこに加えて、先ほど命を救われたばかりとなれば、そういう反応になるのもわからなくは無い。
私はメアリーの耳元でこっそりささやく。
「……もしかして、キールさんが目当てかしら?」
「ち、ちがいますっ! 私はずっとシエラ様のことを案じておりました!」
「ふふ、冗談よ。よろしくね、メアリー」
魔王の城での暮らしがさらに楽しくなりそうな予感に、私は自然と頬がゆるむのだった。
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