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22.メアリーの気持ち
魔王の城に戻ってから一週間が経った。
森は半分以上焼けてしまったが、もうすでに、あちこちから新芽が出始めている。
あんなに激しい炎に包まれたというのに、根さえ生きていればなんとかなるということだろうか。植物の生命力には驚かされる。
城下町の一部の家は焼けてしまったので再建の準備が進められている。
幸い城に物資の備蓄があったので、焼け出された者たちの生活はなんとかなりそうだ。
「――しかし派手にやったものだねぇ、ガルトマーシュ君。なんでも城の屋根を吹っ飛ばしたんだって?」
「まぁな……」
「そんなことになるなら一緒に行けばよかったなぁ。君が魔王らしいことをするのを私も見てみたかったのに」
水の精霊のアリステアさんが水面に座りながら、ニヤニヤと笑いながらガルの方を見る。
今日はメアリーをアリステアさんに会わせる為に、ガルやキールさんと一緒に彼の住む泉を訪れている。
メアリーが魔王の城に住むことになったので私の時と同じようにアリステアさんのことも紹介しておこう、という理由だ。
「ボロボロになった城を見て、王国の民もさぞかし驚いただろうよ」
「うっ……」
「アリステア殿。ガル様は我々の代わりに、愚かな人間どもに鉄槌を下したのです。その程度で済んだことを感謝してほしいくらいですね」
言葉に詰まったガルの代わりにキールさんが答えると、アリステアさんはちょっと意地悪そうに笑った。
「それがねぇ。なんでも、王国は魔王の襲来に対して“神より遣わされた真の聖女がその命をかけて魔王を退けた”と国民に説明したらしいよ。いやぁ~うそ臭いにもほどがあるよねぇ」
「アリスさんは何でもご存知なんですね」
私が感心すると、彼は当然といわんばかりの口調で答える。
「風の精霊たちが噂してたのだよ。教会の方も偽物の聖女を王子に嫁がせようとした企みが発覚して、権威が失墜したそうだよ。もともと聖女信仰で保ってたようなもんだから、もうおしまいじゃないかな」
教会の企ては、マリアンヌが自白して逃亡したことで何もかも台無しになったのだろう。
幸せに暮らしている今となってはどうでもいいことだけど、すべての始まりが偽の聖女の出現による婚約破棄から始まったことだと思うと、正直ざまぁみろという気持ちも無くはない。
「我々としては、これを機に聖女ではなく精霊を信仰する人々が増えてくれたら万々歳なんだけどねぇ……ところでそちらの麗しいお嬢さんは見ない顔だね?」
彼は銀髪をさらりと揺らして立ち上がり、後ろに控えていたメアリーに近づいた。
「やぁやぁお嬢さん。私は水の精霊アリステア。皆にはアリスと呼ばれているので君もぜひそう呼んでくれたまえ」
「アリス様、お初にお目にかかります。シエラ様の侍女のメアリーと申します。よろしくお願いいたしますわ」
メアリーが丁寧に挨拶すると、アリステアさんは私と初めて会った時と同じように、芝居がかった仕草で彼女の手をとって手の甲にキスをした。
「キャッ……!」
「いいねぇ~その初々しい反応。泉のほとりに咲く小さな花を思わせる清楚さ。実に愛らしいじゃないか! どうかね、今度ゆっくりと二人でお茶でも――」
「アリス。見境無く口説くのは止めろ」
さすがに見かねたガルが忠告する。しかし、案の定、彼はまったく意に介さない様子だった。
「いやいや、魅力的なレディを口説かないのは失礼というものだよ、ガルトマーシュ君。……あぁ、メアリー嬢。あなたの前ではどんな水の清らかさも適わない。どうか私を愛の雫で潤してはくれないか……!」
「いえ、この後は魔物の皆さんのお世話がありますので、これで失礼いたしますわ」
「それは残念だね。また遊びにおいで」
アリステアさんはあっさりと引き下がった。本当に礼儀として口説いているだけなんだろうか。
私の疑問が顔に現れていたのだろう。彼は私の方を見てしれっと言った。
「良い男は口説くときも引き際もスマートなのだよ」
――本当、変な人。悪い人じゃないんだけどね。
泉を後にした私たちは飛竜に乗って城へと戻った。
「俺とキールはこの後、会議があるからここで解散だな」
「ガル、ありがとう。何か手伝えることがあればいつでも言ってね」
「あぁ。それじゃまた後でな」
「キールさんも、メアリーを飛竜に乗せてくれてありがとう。助かったわ」
「――いえ。私もアリステア殿に現状を報告せねばと思っておりましたので。では、失礼いたします」
キールさんは一礼をすると、きびきびした足どりでガルの後を追って行った。
復興へのめどは立ったものの、まだまだこれからだ。
しばらくは忙しい日々となるだろう。
私たちは一緒に自室へと戻りながら、さっきのことを振り返った。
「シエラ様。あのアリステアって方、本当に水の精霊なんですの?」
「そうよ。見た目は全然そんな感じじゃないけど。この間の火事の時だってたくさんの水を操って、火を消し止めてくれたんだから」
そう、彼はあんな軽い調子だが、人知を超えた能力を持つ水の精霊なのだ。
あの時だって、アリステアさんが居なければもっと被害は拡大していたに違いない。
「たとえそうであっても、私はあんな軽薄な男性は苦手ですわ。やはり男性はもっと誠実で慎み深い方が――」
メアリーはまるで誰かのことを思い描いているような目をしている。
「キールさんとか?」
「えっ、シエラ様、私は別にキール様のことをお慕いしているとかそういうわけでは……」
「単にどんな男性なら苦手じゃないかという話なだけで、好きとかそういう話はしてないわよ?」
――メアリーの頬は真っ赤に染まっていた。
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