23.キールの気持ち

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23.キールの気持ち

 城下町の再建が始まってから一週間が経った。  城の外では、金槌を叩いたり木材を削ったりする音が聞こえてくる。  その頃、私とメアリーは皆を(ねぎら)う為にクッキーを焼いていた。 「シエラ様、いい感じに焼けましたわよ!」 「じゃあ小分けにして皆に持っていってあげましょう」  山盛りのクッキーをテーブルに持ってくると、甘い香りに誘われて集まってきた者たちから「おぉ……」と声が漏れる。 「とってもおいしそうね!」  クッキーの完成を待ち構えていたハッピーは、鼻をクンクン鳴らして尻尾を千切れんばかりに振っている。  少し遅れてガルとキールさんもやって来た。 「やれやれ。聖女殿が急に台所を使いたいと言い出したかと思えば、菓子の制作ですか。砂糖は貴重品なのであまり消費されては困ります」 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないか」 「まったく。ガル様は聖女殿に甘すぎる……」  キールさんは愚痴をこぼしながらも、しっかり自分とガルの分のクッキーを確保している。さすが魔王の側近、そつが無い。  しかし、メアリーがキールさんに話しかけた途端、彼はしどろもどろになった。 「キール様、無理を言って申し訳ございません」 「はいっ! いえ、その、別にメアリー殿が悪いわけでは……たまには、えぇ……菓子も結構かと……では私はまだ仕事が残っておりますので失礼いたします!」  キールさんは会話を切り上げて、クッキーが入ったお皿を片手に食堂を出て行こうとする。 「あ、俺のクッキー……」  ガルがつぶやいたが彼はその声に気づくことも無く、一人でそのまま出て行ってしまった。  ――てっきりメアリーが一方的にキールさんに好意を寄せているだけと思ってたんだけど、キールさんの方も意識してたりするのかしら。  それがはっきりしたのは数日後のことだった。  たまたま薔薇の水やりを手伝う為に庭園を訪れたら、そこには真剣な顔で話し込むガルとキールさんの姿があったのだ。 「――それは好きということだろう?」 「いえ、あくまで日ごろの感謝を伝えようと……」 「どうかしたの?」 「聖女殿⁉」  二人は私が来たことに驚いたものの、ガルはそのまま話を私の方に振ってきた。 「キールがメアリーのこと好きなんだってさ」 「あら、やっぱりそうだったの?」 「お二人とも、待ってください。私はただ、人間でありながら魔物に偏見を持たず、献身的に皆の世話をしている姿を見て、何かお礼がしたいと思っただけで……」 「でもそれならシエラだって同じじゃないか。シエラは良くやってくれているぞ。それなのにメアリーだけ特別視するのか?」 「それは…………ガル様の仰る通りでございます。気が付けばメアリー殿のことばかり気になってしまうのです」  どうやら、キールさんがメアリーのことを意識しているのは間違いなさそうだった。 「――私はどうすれば良いのでしょうか?」 「キールさんはさっき、何かお礼がしたいって言ってたわよね。じゃあプレゼントを渡してみたら?」  私の提案に彼は目を輝かせる。 「おお、それは良いですね。でも何を贈れば良いのか……」 「簡単だ。花を贈って自分の思いを述べればいい。ここには花がたくさん咲いているのだからな」  ガルは庭園の薔薇を指差した。確かに花を贈るのは良いかもしれない。 「なるほど、さすがガル様! では早速そのようにいたします!」  キールさんは善は急げとばかりに庭園の一角で、薔薇では無い何かを摘んだ。  私とガルは薔薇をプレゼントするものと思っていたが、彼が摘んだのはその下に生えていた謎の赤い花だった。 「おい、キール、その花は――」 「では行ってまいります!」  ガルが何か言いかけたが、キールさんは白い翼を広げて飛んで行ってしまう。花を贈ることに必死で周囲が見えなくなっているのだろう。 「ねぇ、キールさんが摘んだ花って何だったの?」 「……フライイーター」 「えっ? ふらいいーたー?」 「近づいてきたハエや羽虫を捕まえて食べる食虫植物だ」 「えぇっ⁉ そんなのダメじゃない! すぐ追いかけて止めないと!」  私がキールさんを追いかけようとした瞬間、ガルは私を引き寄せて軽く抱きしめた。 「きゃっ……ガル、何するの⁉」 「キールの行き先が城内なら、普通に追いかけるよりも転移魔法の方が早い」  そういって彼は私を抱きしめたまま、すばやく呪文らしきものを唱える。  体が宙に浮くような感覚がしたかと思うと、私たちは立派な調度品の置かれた室内に立っていた。  転移魔法は王国でも一部の魔法使いが使っているのを見たことがあるけど、私は使えないので体験したのは初めてだ。 「ここはどこ?」 「俺の部屋だ」 「すごい。転移魔法って便利ね」 「使える範囲は限られるけどな。さて、キールを探すぞ」  私たちは部屋を出て、キールさんを探した。  そして洗濯物干し場で、メアリーにフライイーターの花を差し出す彼の姿を見つけたのは、五分後のことだった。 「……遅かったか」  物陰で私と一緒に見守りながら、ガルが悔しそうにつぶやく。 「まぁ! キール様が、これを私に⁉」 「はい。実は……私はメアリー殿のことを――」  キールさんが自分の気持ちを伝えかけたその時、ぷ~んと音をたててハエが飛んできた。  彼の手の中にあった花は、すかさずシュッと茎を伸ばし花弁でハエを捕らえる。  花は二人の目の前で、動物のようにムッシャムッシャとハエを咀嚼してしまった。  うわぁ……ムード台無し。これはダメだわ……と思ったのだけど。 「まぁ! さすが魔王様のお城ですわ! とても面白い植物が生えているんですのね! お部屋に飾らせていただきます!」  なんと、メアリーが大はしゃぎで受け取ったのだ。 「ならば鉢植えにされると良いでしょう。この植物は生命力が強くて土に刺すとすぐ根が生えてきますので――」 「あらまぁ、そうですの! では器を探さないと――」 「それでしたらちょうど良い物が――」  意外なことに、二人は食虫植物を片手に楽しそうに盛り上がっている。 「はぁ……どうなることかと思ったが……」 「うまくいきそうね」  予想外の展開に、私とガルは顔を見合わせて笑ったのだった。
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