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25.楽しいお祭りと美しいドレス
それから数日後。
快晴の空の下、城下町では復興を祝う祭りの準備が進められていた。
ハッピーと一緒に城を出ると、城から城下町に続く道にはずらりと屋台が並んでいる。なんとも賑やかだ。
「わぁ、すごい……!」
屋台には串に刺してあるおいしそうな肉の塊や、一口サイズにカットされた色とりどりの果物が並んで良い香りを漂わせている。
「あのお肉とっても良い匂い! 食べたいなぁ!」
「もう、ハッピーったら。屋台はまだ準備中よ」
「じゃあ後で絶対食べようね!」
「えぇ、あとでね」
ハッピーとそんな約束をしながら城下町に入ると、どの家も窓や扉をキラキラ輝くリボンや綺麗な花で飾り付けてあり、今日が特別な日であることが窺える。
通りを歩く皆の様子も、いつも以上に活気付いていた。
「あ、シエラ様、ハッピー!」
赤い髪の女の子が私たちを見つけて声をかけてきた。
キールさんの妹のルビィちゃんだ。
今から屋台の様子を見に行こうとしていたところらしい。
せっかくだから一緒に行こうと誘うと、彼女はとても喜んでくれた。
「――あっ、そうだ。シエラ様とハッピーに聞きたいことがあったんです」
ルビィちゃんは少し考えるような仕草をして、口を開いた。
「あの……最近のキール兄ちゃん、やたら機嫌が良いんですけどお城の方で何か良いことでもあったんですか? 兄ちゃんに聞いても教えてくれなくて」
ハッピーは首をかしげた。
「うーん、なんだろうね?」
「昨日はとうとう、世界が薔薇色に見えるとかおかしなこと言い出して」
「それは変だねぇ。ハッピーはわからないけど、シエラはわかる?」
キールさんの機嫌が良い理由なんて、そんなのひとつしか思い当たらない。
たぶん、メアリーとの仲が上手くいってるのだろう。
彼がプレゼントした食虫植物が、可愛らしい鉢植えになってメアリーの部屋の窓際に飾られているのを見たから間違いない。
「そうねぇ。きっと良いことがあったんだと思うわ。その内ルビィちゃんにも話してくれるんじゃないかしら」
「そうなんですか……じゃあまた時間をおいて兄ちゃんに聞いてみようかなぁ」
「そうね、それが良いと思う」
好きな人のことを家族に知られるのが恥ずかしいのは、よくあることだ。
メアリーとの仲が進展すれば、自然と家族を紹介する流れになるだろうし、ここで私が言う必要も無いだろうと思った。
「ありがとうございます。あっ、そういえばシエラ様は今夜の舞踏会に着るドレスはどんな色にしました?」
「えっ。今夜、舞踏会があるの?」
「あー! わすれてた! くぅーん、くぅーん。ごめんシエラ! ハッピー伝えるの忘れてたよ!」
急にハッピーが長い耳を逆立てて、くるくるとその場を回り始めた。
「どうしたのハッピー?」
「あのね、夜に食堂で舞踏会があるから、シエラも来なさいって伝えるように言われてたのに、ハッピー忘れてたよ! 本当にごめんなさい!」
「食堂で舞踏会……」
たしかに魔王の城の食堂はとても広くてホールのようになっているので、テーブルや椅子を片付ければダンスくらいはできるだろうけども。
しかし、そんなことまったく聞いてなかったなぁ。
「舞踏会があるから、夕方までには戻らないといけないよ!」
「そうなのね、ありがとう。ちゃんと城に戻るから大丈夫よ」
私がそう言うと、やっとハッピーは落ち着きを取り戻した。
その後、私たちは三人で祭りの様子を見て回った。
屋台の食べ物をあれこれ食べておしゃべりするのはとても楽しい。
日が暮れてきたので、ハッピーやルビィちゃんと城の前で別れて一人で城内に戻った。
彼女たちはもう少し屋台を回るらしい。
部屋に戻ってみると、メアリーが待ち構えていた。
「シエラ様! お戻りが遅いので探しに行こうかと思っておりましたわよ。さぁさぁドレスの準備をしますから、まずは急いで湯浴みをなさいませ!」
どうやらメアリーは事前に舞踏会のことを聞かされていて、ちゃんと準備してくれていたらしい。
私は彼女に追い立てられるように、大浴場へ行って入浴して急いで戻ってきた。
メアリーは私の髪についた雫を拭きながら、話しかける。
「シエラ様、ベティさんがこの日の為にととても美しいドレスを用意してくださったんですのよ」
「えっ、そうなの⁉ とても楽しみだわ」
そういえば最近は服も実用性を重視して過ごしているから、ここまで大掛かりなおしゃれをするのも久しぶりだ。
「さぁ、シエラ様。お着替えいたしましょう」
そう言って彼女が持ってきたドレスはとても見事なものだった。
柔らかなピンク色をベースにフリルとレースがたっぷり付いていて、繊細な刺繍が光に当たると細かくキラキラ輝いているのが美しい。
刺繍の細やかさに作り手のこだわりと愛情が感じられる。これだけ立派なドレスを作るのはさぞかし時間がかかったことだろう。
「わぁ……とてもすばらしいドレスね!」
「えぇ。ドレスだけではございませんのよ。素敵なティアラやネックレスもございますから、しっかりドレスアップして皆様を驚かせて差し上げましょう!」
ドレスに着替えるとメアリーは香油を両手に付けて丁寧に私の髪を編みこんでハーフアップにしていく。
髪が整った後は、金と真珠で飾られたティアラとネックレスを身につけ、化粧を施された。
白粉の香りに、王宮での暮らしを思い出してしまう。
王宮での暮らしは今になって思うと窮屈なものだった。
未来のお妃様として王家からは厳しい目で見られていたし、周囲の家臣たちは腫れ物に触るような感じか逆に媚びへつらう人ばかりで……婚約者である王子の笑顔は優しかったが、今ならあれは偽りであったことがわかる。
私のことを一人の人間として見てくれたのは、メアリーくらいだった。
それだけに今の魔王の城での暮らしは、私にとって理想とも言えるものだ。
皆で助け合って一緒に泣いたり笑ったりできて、自分らしく居られる。
――今の暮らしを失いたくない。
私は、心からそう思った。
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