とりかえしがつかない。

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 その日は晴天で、まだ正午前だったから明るかったはずだ。しかし、呪文を唱えているうちに、目を閉じた世界がどんどん暗く沈んでいくのを感じていた。まるで太陽の光が、俺達の周りだけ陰っていっているかのように。 「みんな、まだ目を開けるなよ」  ケイくんが言った。 「そしたら、みんな心の中で“本当になったら面白い嘘”を唱えてくれ。口にしなくていい。唱え終わったら、“終わりました”と宣言して目を開ける」 「わ、わかった」  言われた通りにした。俺が考えたのは“宝くじで一億円当たる”だった。嘘、というよりようは願望である。一億円もあれば、家族で念願の海外旅行にも行けるだろう。人生で一度でもいいから、ハワイに行ってみたいと思っていたのである。  目を開けたら一人ずつ、その時考えた嘘を画用紙の余白に黒いサインペンで書く。あとは、この儀式で使った画用紙を来年まで保管しておけば完了、らしい。俺達はそれぞれが書いた“嘘”を見て“ばっかじゃねえの”とか“ありえねー”と笑ったのである。  ケイくんが言った。 「動画によると、この儀式は五人以上でやらないといけないらしい。でもって、来年までオレがちゃんと画用紙を保管してたら、五人が書いた嘘のうち一つがマジになるらしいぜ。来年の、エイプリルフールに」  叶ったら面白いよな!とケイくんは笑った。俺達も笑っていた。笑ったのは、あくまでジョークだったからだ。誰も、こんなおまじないが実現するなんて思っていなかった。あくまで、みんながエイプリルフールを楽しむため、面白半分の儀式でしかなかったのである。  でも。  俺達の儀式は、段々洒落にならないものになっていった。まず、画用紙保管を担当したケイくんが、五月に突然引っ越すことになってしまった。そして、引っ越し先を誰にも教えてくれなかった。実質、行方不明になってしまったのである。  もう一つ。俺が少しあとにケイくんに教えて貰った儀式の動画を見たら、こんなコメントが書き込んであったのだった。 “去年このおまじないを試した。そしたら本当に仲間の一人が死んでしまった。これは絶対にやっちゃいけないおまじないだ。”  嘘か本当かなんて、誰にも分らない。誰かが、儀式を信じる人を怖がらせようと適当なことを書きこんだだけかもしれないとは思う。思うのだけれど。  確かなことは一つ。俺の家に、宝くじが当たるような気配はないこと。それから。  あの時、面白半分で洒落にならない“嘘”を書いた奴が一人いたこと。 『日本の人口が半分になる。』  あれを書いたのが、仲間の誰なのかは結局わからなかった。おかしなことだ、みんなが書くのを見ていたはずなのに。  だが、もうケイくんと連絡が取れない以上、画用紙を破棄してもらうことは叶わない。  今年の四月一日。あの嘘が、本当になっていないことを祈る。    
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