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清水先輩は、わたしが所属している吹奏楽部の先輩だ。とはいえ、先輩たち三年生はすでに部活を引退しているから、『先輩だった』というのが正確かもしれない。
引退はしたけれど、ときどき、後輩指導という名目で遊びにくる。おとといもそうだった。
雑談している中で、わたしが「最近、ダイエットしてるんです」というと、先輩は目を丸くした。
「えっ、全然太ってないじゃん?」
「いやいや、おなかとかやばいんですよ」
苦笑いすると、先輩は軽く唸って腕を組んだ。
「わたしも勉強で座りっぱなしだから、やばいかもなぁ。――そういや、前にうちの姉もダイエットしててさ。そのときちょっと飲んでたサプリ? があるんだけど、よかったらあげようか」
「サプリ?」
「なんか、一時期飲んでたんだけど、やめちゃって。だから、まだけっこう余ってたと思うよ。明日持ってくるね」
ダイエットサプリってやつかな。興味はあるけど、手が出せないんだよね。高いし、それに親に知られたらきっとうるさく言われるだろうし。
翌日、つまり昨日だけど、清水先輩は本当にサプリメントを持ってきてくれた。小さなプラスチック容器にラベルなどはなく、思ったより重い。蓋を開けると、かわいい淡いピンク色のカプセル剤がたくさん入っていた。普通のより、一回りくらい小さいように見える。
「いいんですか、これ、本当にもらっちゃって。まだずいぶん入ってますけど……。お姉さんに怒られたりとかしないですか」
「いいよいいよ。飲まなくなってからずっと放置してたし、今は県外に住んでるし。わたしは飲まないし……そういうの飲むの、苦手なんだよね」
「ああ……」
以前、先輩が花粉症か何かで鼻炎薬を飲んでいるのを見たことがあるけれど、確かに飲みにくそうにしていた。わたしは粉薬が苦手だけれど、逆に錠剤が苦手な人もいるんだなぁと思ったものだ。
そうだ。薬といえば。
「こういうのって、いつ飲むものなんですかね。食前とか食後とか、あるのかな……」
「薬じゃないから、明確には決まってないんじゃない。一日何粒とか、そんな感じだよ。うちの姉は、食後に飲んでたと思うけど」
そういうわけで。
その日の夕食後(ダイエット中なのでもちろん少なめ)、さっそく試しにその小さなカプセルを一つ、飲んでみた。
すぐに変化があるわけもなく、いつものようにだらだらと過ごし、そのまま眠りについた。
……のだけど。
その日はなかなか寝付けなかった。
猛烈におなかがすいてきて。
しばらく布団の中でごろごろしながら、なんとか眠気を引き寄せようとしたけれど、ダメだった。空腹が眠気を上回っている。とてもじゃないが眠れない。
起き上がり、こっそりとキッチンに向かう。何か、少しだけおなかに入れよう。少しだけ――。
ハッと我に返ったときには後の祭りだった。わたしの目の前には、無惨にも空になったお菓子のふくろや空き容器たちが転がっていた。
――やってしまった……。
満足感も、ついでにいえば食べたわりに満腹感もあまりなく、あるのは後悔だった。この後悔の念、ダイエット中にはよくあることではある。
失敗を取り戻すために、明日からは水だけで生きねばなるまい。ついでに現実から目を反らすわけにもいくまい……と、処刑台に上るような気持ちで体重計にのったのだけど……。
「……あれっ?」
増えていなかったのだ。体重が。1グラムも。あれだけ食べたのに。
体重計壊れた? 現実逃避の幻覚? と、何度も計り直してみたけれど、やっぱり増えていなかった。
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