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私の働いているドラッグストアに、中途入社でAという外国人が入ってきた。
Aは日本語が堪能で、業務の飲み込みも早く、接客もそつなくこなし、外人の客からのクレームにも対応してくれた。
おかげで業務に集中できる時間も確保できて、店の売り上げにもつながったのだが、Aには困ったクセが一つあった。
「お腹がすいた」
そう前置きして、Aはそこら辺の草をむしって食べるのだ。
私たちは「お腹を壊す」「近所の人が見ている」「鉢植えだけはやめてくれ」と、Aを説得するのだが、Aは聞く耳を持たない。
逆に「日本はうちの国よりキレイ」「この国は、いつ震災が起きるのか分からない。私と一緒に、その辺の草を食べることに慣れればいい」「わかった。じゃあ、公園の草を食べる」と、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏の状態だ。
最終的に「店の商品に手をつけないだけいいか」と、こっちでカルチャーギャップの折り合いをつけようとしたのだが、決定的なことが起きてしまった。
三月。春のお彼岸だった。
店の近くにある寺から、うきうきとAが出て来るのを同僚が見つけた。イヤな予感がして声をかけようとしたのだが、Aの持つビニール袋には、カップ酒やら高級そうな果物やらが顔を出して、同僚はその場で固まってしまった。
――まさか、いいや。だけど。
いつも「お腹が空いた」と前置きして、そこら辺の草を食べていたA。
そのAが、墓に手向けられたお供え物を「お腹が空いた」と言って手を伸ばす姿を、私たちは想像してしまった。
案の定、その日からAは店に来なくなり、数日後に、Aの兄だと名乗る人物が、辞表を届けに職場へやって来た。
Aの兄は上司に菓子折りを渡して頭を下げ、これから弟を故郷に連れて帰り、実家で養生させることを告げ、困った顔で話しだす。
弟は慣れない異国の生活で、精神を病んだのだろう。
自分の手を切断して食べているところを、連絡が取れなくなって、様子を見に来た兄弟たちにより発見された。
Aは始終、空腹を訴えて、見境なく物を食べるようになり、「お腹がすいた」と、母国語ではなく日本語で連呼し、完全に正気を失っていたらしい。
これから日本で生活する外国人が増えていくのなら、その手のオカルトじみた現象も増えていくのだろうか?
郷に入っては郷に従え――その言葉は外国人にとっても、自分の身を守ることにも通じているのだなと、私は外人クレーマーの相手をしながら思うのだった。
【了】
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