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すでに思い出せない起源の顔
お腹が空いた。
時計を見るとすでに日付が変わっており、長い時間眠っていたことが伺えた。
「っあー…背中痛。安物の布団は駄目だな」
バキバキと背中から鳴る音を無視して体を起こす。
二度寝したいがお腹が空いて仕方ない。
ため息をついてから勢いよく立ち上がり、着替えて身だしなみを整える。
「とりあえず何でも良いから食べないと死にそう」
欠伸を噛み殺し、小さめのリュックを背負ってアパートを出た。
終電間近の電車に乗れば酔っ払いが多く見られた。
そうか、今日は金曜日か。
都心部に向かう電車に揺られること30分。
電車を降り、駅を出てすぐの待ち合わせスポットに向かう。
スマホで明らかに胡散臭い出会いを求める内容が書かれた掲示板を眺めていると濃い香水の匂いが近づいてきた。
「おにーさん、今ひま?」
「良かったら私たちと遊ばない?」
目線を向けると際どい服を着た女性2人が俺を見上げていた。
どこかのお店のキャッチではなさそうだ。
「俺で良いの?もっと良い人居そうだけど」
「あははっ、おにーさんがいいんだよ?」
「そうそう!イケメンすぎてモデルかと思ったもん」
「……そっか。ありがとう。じゃあ君たちの言う遊び場に連れてってよ」
やったー!と声を上げる2人に腕を組まれ、そのままネオン街へ連れて行かれる。
2人分の財布ならそこそこな額になりそうだ。
「ねぇ、あそこに人居ない?」
タイミングを見計らって裏路地に向けてそう言ってみる。
2人は不思議そうな顔をしながら立ち止まってくれた。
「人?」
「えー?見えないよ?」
「……ちょっと気になるから見てくる」
「ちょっ、おにーさん!?」
2人の腕から抜けて裏路地に入る。
勿論そこには誰もいない。
そんなことは分かりきっているし、なんなら人がいた方が予想外だ。
「ねぇ来て。面白いよ」
「やだー、暗いの怖いよ〜」
「大丈夫だって、ほら」
振り返ってそう声をかけると女性の内の1人がこちらに歩み寄ってきてくれた。
裏路地が暗すぎるせいか怖々と歩く彼女には俺の姿が見えていないようだ。
「もう少し奥においで」
「ほんと〜?何も見えないけど…あっ!」
「ほら、俺ここにいるでしょ?」
彼女の腕を引けば安心したように微笑まれた。
それからキョロキョロと辺りを見渡す。
「面白いものって何?」
「もう少し奥に目を凝らしてみて」
彼女の後ろに立って肩越しに奥を指差す。
すると彼女は素直にそちらに注意を向けてくれた。
「えー?暗いよ」
「……」
「おにーさん?」
「いただきます」
彼女が振り向くよりも早く、俺は事前にリュックサックから取り出しておいたタオルで彼女の口を塞ぐ。
異変に気づいて暴れだした彼女を俺は裏路地の闇と同化している自分の影の中に勢いよく突き飛ばした。
「ぇ」
悲鳴にもならない小さな声を漏らして彼女は僕の影の中に落ちていった。
少しすると空腹感が薄れた。
軽く腹をさすると手は男性的な手から女性的な手へと変化していた。
もう変化が始まったのか。
「うぅん…あーあー」
声を出してみると先ほどの女性の声。
これならもう1人食えそうだと浮き足立ちながら道を引き返す。
「ねぇ」
ギリギリ光が差し込まない位置から外で待っているであろうもう1人の女性に声をかける。
すると不安そうな顔をしていた女性が勢いよくこちらを見た。
「杏奈!遅かったけれど大丈夫?」
「うん。あのね、こっちの方が近道らしいの。おにーさんも待ってるから早く行こ!」
「でも近道なんて言ってなかったよね…?」
女性は少し困った様子だ。
「……そんなことより早く行こうよ!金曜日だし部屋埋まっちゃうよ」
急かすように言えば彼女はゆっくりと近づいてきてくれた。
そのまま手を引いて裏路地を進む。
本当はもう少し奥で食べたいがこれ以上疑われて逃げられても面倒だ。
「杏奈?おにーさんはどこ?」
「待ってくれてるよ!えーっと、あ!おにーさん!」
何もない闇に向けて元気よく手を振る。
しかし彼女は目を凝らして奥を見るだけだ。
「え、おにーさんいる?」
「いるいる!ほら!」
奥を指差せば彼女はそちらに注意を向けた。
彼女の意識が私から外れたことを確認してから、私は引いていた腕を思い切り引っ張った。
「いただきます。アッチでお友達と仲良くね」
彼女は声を上げる間もなく私の影に落ちていった。
数分もすればお腹は満たされた。
「ふぅ。ご馳走様でした」
影に向けて手を合わせる。
スマホで自分の姿を確認すれば最後に食べた女性の姿へと完全に変化を遂げていた。
「よく見てなかったけど意外と可愛い顔してたんだな」
着替える時に中性的な服を着ていたからそんなに違和感ないが、身長が変わったせいでちょっとブカブカだ。
「別にホテルでも良かったんだけど監視カメラが鬱陶しいんだよね〜」
影に突き落とす前に奪っておいた彼女たちの鞄をリュックに入れる。
最近の鞄は小さくなっていてありがたい。
昔は大きな鞄を持ち歩いている人が多くて持ち帰りに大変だった。
裏路地を出てリュックを背負い直す。
これだけ容姿が整った女性の姿なら色んな人を釣りやすいだろうし、今度はもっと食べようかな。
タイミングよく夜も明けてきた。
さて、お腹も満たされたし帰ってからしばらく寝よう。
次に目が覚めるのはまたお腹が空いた時。
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