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当時を思い出すように、お父さんは話した。
「そうですか。もしかすると、天音ちゃんも、お義母さんと同じきもちかも知れないですね」
「そうだね、私たちの最大の試練かもしれないねぇ」
「試練、か…」
***
僕と天音ちゃんは、子供を作る事を決めた。
そうして、自然に妊娠し、彼女のお腹は日に日に大きくなっていく。
ある日、いつのまにか見たことのない本が本棚に並んであった。
天音ちゃんが本を取り出し、表紙を見る。
丁寧に使われた事があるような古書だ。
何か書いてあるが、僕には分からない。
「天使の書だ!とうとう…やってきたんだね」
彼女がページをペラペラとめくるけれど、全く何が書いてあるのかやはり分からなかった。
ただ、お別れのカウントダウンが始まったような気がした。
勿論赤ちゃんには早く会いたいけれど。
天音ちゃんは、もうすっかりママの顔だ。
僕もしっかりしないと、天音ちゃんに色んな意味で負担をかける。
父親としての自覚と、それから天音ちゃんとの1日1日を大切に生きていきたい。
***
そして、とうとう出産。
可愛い女の子が産まれた。
普通の産婦人科で出産したので、もしかして、翼が生えていたり、輝いた赤ちゃんが産まれてきたらどうしようと、内心ハラハラしたが、普通の人間として産まれてきた。
天音ちゃんに似て、金髪で碧い眼をしている。
これから、大きくなって普通に学校へ通うようになり、友達もできたり、恋もしたり、人間の生活をしていきながら、例の天使の書に習って、天使らしく成長していくのかと思うと、楽しみで仕方ない。
名前は恵美と名付けた。
恵美はすくすくと育ち、言葉が理解できるようになると、その年頃に合わせて、天使の書を使い、少しずつ天使の事を学んでいった。
僕には恵美が天使の書によって、どう成長しているのか分からないが、天音ちゃんは「普通の人間が、普通の生活を親が手助けしているのと代わりないよ」と話す。
僕が分かる事は、親バカかも知れないが、かなり聞き分けの良い子で、手がかかった事がない。天使だからかも知れないが、あまりに素直なので、逆に不安になったりもした。
でも、大人になるまでの恵美の育児というのは、とても楽しかった。
あっという間の20年だった。
天音ちゃんが天界へ帰る1週間前から僕は仕事の休みを貰い、天音ちゃんと一緒に過ごし、色々な思い出を作った。
天音ちゃんも楽しそうにしてくれていたし、思い残す事はない。
最後の夜は、お互いに「ありがとう」と言い合って、涙してしまったけれど。
恵美の20歳の誕生日の日。
朝起きると、ベッドの横に天音ちゃんの姿はなかった。
まるで、初めからそこに誰もいなかったかのように。
ベッドの横の小さなテーブルに、天音ちゃんからのプレゼントが置いてあった。
箱をあけてみると、僕のイニシャルが刺しゅうしてある水色のハンカチが入っていた。
天音ちゃんが刺しゅうしてくれたんだろう。
昨晩、十分に泣いたと思っていたけれど、今、また涙がこぼれた。
恵美がこの先に、同じように結婚するとなると、きっとお婿さんは僕と同じ悩みを抱えるかも知れない。
その"秘密"の相談をされた時には、恵美を産んで育てて良かったと言えるように、笑顔で生きていきたい。
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