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事の発端②
「ちょっと幸村くん、どうしたの。大丈夫?」
なんとか規定通りの時刻までに社へ辿り着いたものの、すぐに自分のデスクで仕事をする気にもなれず、レストルームにあるテーブルに突っ伏して座っていると、先輩の藤堂 綾子が心配して声を掛けてきた。
しかし、まさか野郎に痴漢され、危うくエレクトさせられそうになったなどと言えるわけがない。
ああ、気分が悪い。
ひと駅分走ったせいで、更にド疲労だ。
「うーーーー」
突っ伏したまま大知が唸っていると、突然背後から首筋にひんやりと冷たいモノを押し当てられた。
「!? 冷っ、」
驚いて振り向けば、缶コーヒーを手にした部下の野﨑 理沙が立っていた。
そのまま大知の横に座り、今度は大知の額に缶コーヒーを押し当てる。
額ならば気持ちが良いので缶を受け取り、額に当てていると、理沙はクスクス笑いながら大知の顔をひょいと覗き込んだ。
「朝からそんなに疲れた顔して。朝帰りですか?」
意味深な理沙の微笑みを見て、大知は顔を引き攣らせた。
まるで夜通し遊び歩いていたかのような誤解を招くことを言わないで欲しい。
そういう不必要な発言が尾を引いて深山の耳に入り、また妙な誤解でもされたら大変だ。彼の、やたらと根深い独占欲に付き合っていたら、こちらの身体がもたない。
今まであれやこれやが思い起こされて、大知はテーブルに更に突っ伏した。
最近では、深山と一緒でなければ他の同僚と酒を飲みに行くのも禁止、という有様だった。
慌てて そうじゃない、と否定する大知だったが、理沙は気にも留めず、綾子まで便乗して話題にのってくる。
「まぁ、深山くんに悪気は無いんだから」
「愛されてるよねぇ・・・」
「明日から休みなのにそれまで待って貰えないなんて、ご苦労様ね、あなたも」
「業務に支障が出ない程度に仲良くしてちょうだい」
ちょっと待て。
「どうしてそこで深山の名前が出てくるんだ!?」
深山と “そういう関係” になったとは、地味に誰にも言ってない。
すっかり飲み仲間の真白や武吉に、深山とのことを言われたことはあったが、大知はその後どうなったかを公言してはいなかった。
一方、慌てて言い返した大知に綾子と理沙は「何を今更」と、顔を見合わせて笑い出した。
「ねぇ、もしかして、隠してるつもりだったの?」
「隠せてないって、幸村さん! ちっとも隠せてない!」
「な・・・な、」
目を白黒させる大知に、最早女性二人は大知の前でも憚ることなく吹き出して笑いだした。
「そんな努力するだけ無駄なのに!」
「みんな とっくに知ってるから!」
「!? 皆 知ってる!?」
なんだって!? と、呆然とする大知に、理沙は笑いすぎて目尻に浮いた涙を指で拭いながら頷いた。
「あんなに四六時中ベタベタしてるくせに、隠せてるつもりだったなんて・・・っ!」
「付き合う前からもベタベタして、しょっちゅう彼にお尻触られたり、どこでもキスして、しかも! いかにも泊ってそのまま~な感じで次の日も同じスーツ着て出社してたじゃない!」
「な、」
笑い転げている理沙と綾子に、大知は憤死寸前だったが、なんとか一矢報いるためにも大声で叫んだ。
「そんなものは幻覚だ! 事実無根だっ! 君達、ロクでもない妄想を真に受けて馬鹿みたいに笑うのはどうかと思うぞ!! それに、今の俺の状態に深山は関係ない! これっぽっちも関係ないんだ!!」
すると。
貰った缶コーヒーを手にしたまま、振り回す勢いでそう豪語していた大知は突然 背後からガシッと肩を掴まれ引き寄せられた。
「おはよう幸村くん、朝から元気だね」
「!!!!」
「僕が何にどう、これっぽっちも関係ないのか知らないけど、とっくに業務の時間だよ。仕事をしようか。・・・ね、幸村くん」
「・・・・・・」
引き寄せられる深山の手の力からは逃れようもなく。
大知は本日もれなく朝から二度目の冷や汗をかくことになったのだった。
③に続きます
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