熱帯夜にご用心①

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熱帯夜にご用心①

  「暑い・・・」  夏のうだるような室内の暑さに大知(だいち)は額から流れ落ちてくる汗を拭った。  室内の気温33℃。暑い。  それもこれも、エアコンの運転ランプが怪しげに点滅し始めたかと思えば突然動かなくなったからだ。  修理業者に連絡を取ったのも束の間、明日からは土日で業者は休み。  なら、すぐに来い と言えば、営業時間は過ぎました、というあまりにもヤル気の無い事務的な返答。  真夏にこんな暑い部屋の中で月曜まで待っていたら、冗談ではなく本当に死んでしまう。  そこで大知が出た行動はというと、実はこういうの機械いじりが得意だったりする持ち前の器用さを活かし、故障したエアコンを自力で直す、というものだった。    そんなこんなで、早一時間。  額に汗して、真夏の夜長に無情にもエアコンと格闘する羽目になったワケなのだが・・・ 「暑い!」  ちっとも修理がはかどらない。  やはり、摩耗している部品を交換しないと埒があかないのか。  勿論ここにそんな替えの部品など無い。コンプレッサの不良ならば最早手の出しようがない。    そこで、自腹なのは腹が立つが、駅の近くにあるビジネスホテルにでも一時凌ぎに宿を取ろうと大知は思い立った。  しかし電話をかけてみれば今日から花火大会があるのと人気バンドのコンサートの開催が重なり、そこら一帯のホテルはみな満室だという。  もうこれはネットカフェに籠るしかない。あの窮屈な個室の狭いソファで寝るのは気が進まないが、仕方がない。  ここで熱中症で倒れるのを待つよりよっぽど得策と言える。  だが。  大知はスマートフォンを手に取り、画面を見つめた。 「・・・」  本当は、他にも手立てはある。  “恋人” の家に泊めて貰えば良いのだ。 (恋人・・・)  そう考えて思い浮かぶのは、同僚で紆余曲折を経て “恋人” になった深山 正春(みやま まさはる)のことだ。  彼に事情を話せば、きっとすぐにでも泊めてくれるだろう。  でも、その後が問題だ。  泊めて貰って何事も無く家に帰れるはずはない。しかも明日から二連休。  実は以前も連休に深山の部屋に泊まったことがあり(といってもほぼ拉致のように連れ込まれた)散々酷使された。  最中は気持ち良いのだから、別に問題はない────ワケがない。  次の日はとても疲れる。身体の節々が痛む。  いつもいつも好き勝手されるのを享受しているが、ここ数日、あまりの暑さに大知は夏バテ気味で、体調が芳しくなかった。ここで無体を強いられれば身体がもたない。  なるべくなら このささやかな連休は、来週からの激務に備えて体力を温存し、穏やか~に一人で過ごしたいと思っていた。  そんなわけで、大知は深山に電話を掛けようとしていたスマートフォンをソファへ放り投げ、 「今夜はネカフェで過ごすかー」  どんなに窮屈だろうとも、熱帯夜の中、眠れぬ夜を過ごすよりはネットカフェに行く方が良いに決まっている。  溜息と共に修理を諦め、椅子から降りようとした、その時。 「ずいぶん暑いね」  “恋人” とはいえ、予期せぬタイミングで彼の声が突然聞こえてきて、大知は工具片手に固まった。  
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