熱帯夜にご用心②★

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熱帯夜にご用心②★

   合い鍵を渡してあるとしても(強奪されたと言っても過言ではない)頼むからインターフォンを鳴らすとかして欲しい。  だが、親しき仲にも礼儀あり、という(ことわざ)深山(みやま)には通用しない。  どうやら出先から直帰した深山は、そのまま大知の自宅に寄ったらしい。  同じクライアントの仕事をしているわけでもないのに、彼は何故か大知(だいち)の仕事の進捗状況を把握しているし、逐一メールのやり取りをしたわけでもないのに今日はもう大知が仕事を切り上げ自宅にいることを見越している。  ちなみに、ここで深山の予想に反して大知が勝手な行動を取ったりすると、後が怖い事この上ない。誰とどこへ行っていたのかと、散々尋問されることになる(主にベッドで)  というわけで、勝手知ったるリビングに当たり前のように入って来たのは、かの “恋人” 深山 正春(みやま まさはる)なわけだが、大知の姿を見て、彼は真顔になった。 「自宅とはいえそういう格好をするのはどうかと思うよ」  そういう格好、というのは大知が暑さに堪えきれず衣服をほぼ脱ぎ捨てていることを言っているのだろう。  といっても、全裸というわけではない。おそらく組み合わせに問題を感じているのだろう。  大知は下着のボクサーパンツに、エプロンを身に着けていた。  名誉のために言っておけば、フリルが付いたお料理用のナンチャラ仕様なエプロンなどでは断じてない。  元々こういう機具を自分なりに組み替えたり自作するのが好きな大知が服を汚さないよう作業時に身に着ける、色気も素っ気も無い質素な黒いビニル地でショート丈のエプロンだ。  修理しようと解体したエアコンから埃が出てくるため、暑くて嫌だったが取りあえず素肌の上に身に着けたのだ。  そこらへんの顛末を不承不承 説明すれば、深山は一応、ああそう。と頷き納得してくれたが、 「それにしても、随分 無防備な格好だよね」  と、笑みを浮かべながら(やはり目が笑っていない)なんとも嫌な予感のする台詞を宣った。  無防備もなにも誰かに見せるわけじゃあるまいし、自宅なのだから良いではないかと大知が言おうと顔を上げると、ふいに伸ばされた深山の手がエプロンの紐だけであとは素肌が晒されている大知の背に触れた。 「っ!」  汗で濡れている背を指が つ、となぞられる。  そのまま肩胛骨へと辿っていく指は、当たり前のように性的な何かを彷彿とさせ、大知は思わず顔を引き攣らせた。  こんな暑い部屋でなど、ご免被りたい。  大知の部屋は広い1LDKで寝室という個室は無く、ベッドのあるスペースをパーティションで仕切っている。  予備のエアコンなどは存在せず、どこへ退避してもこの暑さからは逃れられない。  その上、いいだけ汗をかき、ベタベタしていて自分でも不快だった。  この状況でセックスなど冗談じゃない。  大知はいまだに触れてくる深山の手から逃れようと身じろいだが、深山の手にはしっかりと己の腰の後ろで縛られているエプロンの紐の先が握られていた。  大知が動いた瞬間、紐は引かれ、それは呆気なく解ける。  有るべき感覚が無くなるという腰回りの覚束無さに、大知は咄嗟に握られたままのエプロンの紐を取り返そうとした。  だが、深山の手は大知が手を伸ばす前に紐を手放し、その代償にと言わんばかりに大知の手をあっさり捕まえた。 「深山、っ」  離せ、と言う前に口は唇で塞がれた。 「ん、・・・んん、」  差し入れられた舌が口内をまさぐり、いとも簡単に快感を引き出していく。  恋人になる以前も、なった今も、深山は社内で人目を気にする風でもなくキスをしてくる。(大知が慌てて周囲を見渡すと誰もいないので、一応 空気は読んでしているらしい)  それは、いつも触れるだけの軽いものだ。  しかし今二人きりで、口付けがより深いものになるならば、その先にあるのは疑いようのない────  それでもここでするのは嫌だというのは変わらない。  大知は深山を押しのけようと身を捩った。  すると見計らったかのように、エプロンの脇から深山は手を差し入れてきた。 「!!」  無防備な脇腹を撫で上げられ、戦慄く反応すら愉しむように、触れてくる手は止まらない。  今も伝い続けている汗など気にする素振りも見せず、深山の手は迷わず胸の突起を掠め始める。 「!、っ、」  口付けられながらも思わず身体がみじろぐ。  だが、すぐに尖りだした突起を摘まれ指先で捏ねられれば、キスや寄せられた身からふわりと漂う深山の汗の匂いが、暑さのせいだけでなく頭にどんどん霞がかかっていくのに拍車を掛ける。  強張っていた手の力が抜けたのを尻目に大知の手は解放されたが、何も事態は好転しなかった。  深山の空いた手が今度は腰に回され、ボクサーパンツの中に滑り込んできたからだ。 「んーーーーっ!?」  ぼんやり仕掛けていた大知は我に返った。  しかし深山の手は構わず下着を下げてきて、汗ばむ双丘に触れ揉むように撫でてくる。 「!!!!!!」  ようやく離された唇で文句を言う余裕もなく慌てて身を捩りだした大知を牽制するかのように臀部に添えられた深山の手が更に奧へ進み、指が合間を割り開こうとする。 「わわわわ、ま、待てっ」  必死で制止の声を上げたが、ここまでくれば深山がしようとしていることがはっきりと、明確に、伝わってくる。  絶対途中で止めないだろうし、この格好ではどこにも行けず、最早逃げ場など無いことも。  だからといってこんな暑いところで雪崩れ込めば、あらゆる意味で危険だ。  絶対、失神する。  なんとか思い留まって貰おうと大知は深山を押しとどめようとしていると、ふいに首筋を舐められ、深山が唇を這わせてきた。  舌で挟むように吸われたかと思うと、それは甘噛みに変わっていく。 「っ!!」  先程の抵抗など虚しく。  臀部や胸を彷徨う手は止まらず、緩急をつけて愛撫する唇に大知は再び頭がボぼんやりとして来た。  すると、ふいに唇が離れた。  深山がそのまま耳元に囁いてくる。 「困ってるなら、君はまず僕を頼るべきなのにね」 「・・・?」 「故障したなら直るまで僕の家にいればいい。なのに、君の口から出た言葉は・・・」  大知が選択したのは、恋人である深山の家ではなく、ただ涼しいというだけのとても快適とは言えないネットカフェだった。  深山が部屋に入って来たあの時に耳にしたのであろう大知の台詞を、彼はしっかり聞いていて、大知の発言の意図を正しく解釈していた。 「ネットカフェよりも、僕の傍の方が、君にとっては居心地が悪いっていうことなのかな?」 「・・・・・・・・・」  暑さで出ていた汗が、いまや冷や汗に変わっているのを大知は感じていた。  囁かれる深山の声は静かではあるが、怒りが孕んでいるのは明白だった。  でも、決して居心地が悪いから頼らなかったわけではない。  でも、なんと弁明すれば良いのだろう。  夏バテ気味だから、疲労が激しいセックスは無しで過ごしたかった、とでも言えばいい?  そんな事を言えば、“へぇ、成程。僕とのセックスは君を疲れさせるだけなんだね” と、これ見よがしに “だけ” という部分を強調され、事態は悪化するだろう。  絶対、次に出てくる言葉は、“なら、君が疲れないようにしようか” に、違いない。  代わりにゆっくりと穏やかに、しかし達するには足りない、身悶えするような愛撫だけを延々と、当てつけのようにしようとするに決まっている。  彼の思惑にはまるわけにはいかないと、大知は、霞掛かった頭をフル回転して言い逃れをしようとしたが、それを見越して、深山は再び問いかけてきた。 「それとも、ネットカフェで他に用でもあるのかい?」  この問いが助け船になるか沈むドロ船になるかはわからないが、大知はガクガクと頭を縦に振って弁明した。 「こ、こんな暑い部屋では、PCの電源を入れるのが嫌だったから・・・ネットカフェで、やろうと、」 「休みにしなければならないくらい、今は急ぎの仕事はなかったと思うけど。君が忙しいのは来週だよね?」 「・・・ううううう」  怖い。やはり業務内容・進捗状況をこれでもかと把握されている。  檻のように囲われる深山の腕の中、大知が涙目でぷるぷるしていると、深山は幾分 優しげな声で「まぁでも、それなら」と切り出してきた。 「僕の家ですればいいよ。うちのパソコンをいくら使っても構わない」 「・・・」 「でも、僕のを使うより、寝ながら出来るように君のノートPCを持って行った方が手っ取り早いだろうね」  と、深山はテーブルの上に置かれたままになっている大知のノートPCに視線を向けた。  デスクトップの他に自宅ではノートPCを愛用していることなど、深山には当たり前のように熟知されている。  それよりも、まるでベッドから出して貰えないかのような、“寝ながら” という言葉に妙な引っかかりを憶えずにはいられない。  でもでも、余計な反論をしてこれ以上、深山の怒りに触れるのは何としても回避しなければならない。  大知は必死で、分かった、と首を縦に振った。  これにより、駄目押しのようにもう一度口付けられたものの、拘束のように臀部と脇腹に触れていた手からようやく解放される。  だが、外れかけているエプロンを脱がそうとしているのに気付いた大知は身の危険を感じ、なんとかその手から逃れた。  本当はシャワーを浴びてから行きたかったのに「シャワーなら僕の家で浴びればいいよ」と、勿論先に釘を刺される。  やたらと視線を感じながらもエプロンを脱ぎ捨て、気付けば ずり下げられたままだったボクサーパンツを慌てて直し、大知はソファーに脱ぎ散らかしていた服を身に着けた。  そうして今回の連休も見事に拉致られ、以前彼の家に行った時と違ったことと言えば、我がノートPCがお供に加わったということだけだった。  きっと何の助けにもならないだろうが。   次回もまた何かが起きます
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