事の発端③

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事の発端③

   仕事をしようか、と言われたのにもかかわらず、大知(だいち)深山(みやま)に連行されるが如く仮眠室へ拉致されていた。  仮眠室は夜中も業務をこなす者のための部屋なので朝は誰も使ってはいない。それをいいことに、深山はさっさと内鍵を閉め、表面上は優しげな微笑みをたたえ(目は笑ってない)大知に簡易ベッドに座るよう促した。  まさかこんなところで妙な事をしやしないかと、大知はビクビクしてしまう。  それでなくとも深山には以前、己をあっさり会社で押し倒したという前科がある。  そんな中、大知の心配を汲んでくれたのかはわからないが、深山はベッドの前にパイプ椅子を置き、そこへ座った。  不埒な真似はしないようだが、そこで安心するのは時期尚早だ。  この光景はあまりにも尋問スタイルそのものだった。  これは良からぬ事が起きるに違いない、と、悠々と椅子に腰掛けこちらへ視線を向けてくる深山を見ながら大知はベッドの端で顔を引き攣らせていた。  先程理沙がくれた缶コーヒーを飲めばと勧められたが、そんな気にはなれない。  缶を握り締めたまま大知は戦々恐々と深山を窺いつつ、業務に戻りたいのだが と、言おうとした。  すると、その前に深山が口を開いた。 「“幸村くん”、さっき、彼女達と話していたことだけどね、」  恋人になってから、彼は大知のことを名字ではなく名で呼ぶようになったのに、二人きりになってもまだ大知のことを “幸村くん” とわざとらしく呼ぶ深山に、嫌がらせか大知は文句を言いたくなった。  女史二人に笑われて大人げなく言い訳してしまったが、あれは不可抗力で照れ隠しだというのは深山にもわかっているはずなのに。  ムッとして睨んでいると、深山は苦笑した。 「あのくらいのことであんなに慌てなくてもいいと思うよ、大知」 「あっさり皆にバレてた!」 「そうみたいだね」  しれっとした顔で深山は答えた。  要するに、バレていないと思っていたのは大知だけだったのだ。 「あんなにしょっちゅうお前が、」  キスしたり、尻を触ったり、いいだけ好き勝手に、当たり前のように接してくるのを、周囲を確認しても誰もいなかったから大丈夫だと思っていたら、全くそうじゃなかったわけだ。  眉を顰めている大知に、深山はもう一度苦笑した。 「まぁ、意思表示は大切だからね。君がさっさと僕のものになるように、外堀から埋めていったんだ」  外堀!? なんだそれはと大知は問うが、深山は答えなかった。  言ったとしても、どうせ大知には分からないのだろう。  はっきりと告げた好意にすら彼はなかなか気付かなかったのだから。  そんな大知を恋人として手に入れるために、どれだけ深山が苦心したことか。  と、思ったのは大知には知らされることなく。  先程の問いに答えなかった代わりに、深山は、ところで、と話し始めた。 「朝からそんなに疲労感に苛まれるほど通勤途中の君に何が起きたのか。それは今日の仕事が終わってから、ゆっくりワケを聞くことするよ」 「!!!」  その言葉はまるで何が起きたかすでに知っていて、わざと大知の口から言わせようとするかのようで。  目を見開いて絶句する大知を横目に、深山は小さく笑った。 「それに、僕も君に話したいことがあるんだ。君の意見も聞きたいしね」  “意見” など、聞く気も無いくせに、いつだって選択肢など最初から用意していないくせに、そんなことを言うのも相変わらずだ。  沈黙したままの大知に深山は再び小さく微笑むと、椅子から立ち上がり、それじゃあ業務に戻ろうか、と深山は先に仮眠室を出て行った。  深山の背を見送り、大知も部屋を出ようとベッドから立ち上がった。  ‪────話したいことがあるんだ。  一体何を話そうというのか。  思えば、“あの日” も深山はそう言った。  あれは、彼と恋人同士になる前の事だった。  すると一気にその出来事の記憶が呼び起こされる。  アレは封印してしまいたい位、狼狽え、一人で空回りした恥ずべき記憶だった。  しかし、忘れられるわけがない。  あの時の事が無ければ、現在の自分はいないのだから。  思い出したなら赤面せずにはいられない記憶を今は押し込めておきたくて、理沙から貰った缶コーヒーのプルタブをようやく開けて口を付けると、大知は勢いよく呷った。   *スター特典として、恋人になってからのエピソード(深山の奇行)を書いたものをご用意しました。 でも、かなり性的に問題アリな描写が出てきますので、大丈夫そうな方だけ見てやって下さい。
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