温泉ときたら卓球だろう

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温泉ときたら卓球だろう

   俺、幸村 大地(ゆきむら だいち)は、同僚で友達だった深山 正春(みやま まさはる)と恋人になるまで、色々とあったワケだが‪────  一連のアレコレを見てくれた方々へ、もし興味があるならば、俺達が恋人となってからのエピソードを、ほんの少しではあるけれど、お見せしようと思う。  それはもう、深山の奇行の数々を。 * * * *  温泉ときたら卓球だろう。 卓球で汗を流し、その汗を温泉で流すのだ。  というわけで、大知は会社の親睦会を兼ねた社員旅行に来ていた。  宿に着いて早々、後輩の真白(ましろ)が「ボクは卓球が得意なんだ」と言いだし、大知の「ほう、ならその腕前見せて貰おうか」という売り言葉に買い言葉により、卓球で一勝負することになった。  そうして、いざ真白を伴い、宿の一階隅にあるレクリエーションルームに入ろうとしたその時。 突然 背後から腰に腕をまわされそのまま後ろへ引き寄せられた。  驚いて振り向くといつの間にかそこには深山が立っていた。  勿論、人の腰を我が物顔で捕まえているのも彼である。 「深山、」  俺はこれから卓球をするんだから離せ、と大知は言い掛けた。  だが、その台詞が口から出ることは無かった。   「真白くん、幸村くんと僕は用事がある。卓球は武吉(たけよし)さんとしてくれ。・・・いいかな?」    最後の “いいかな?” は有無を言わせない圧力が、籠りに籠っていた。  その威圧感に、いつも爽やかな笑顔を絶やさないサラリーマンの鑑・真白が顔を引き攣らせたくらいだ。    深山は基本的に穏やかさを装っているが、その実、かなり居丈高で他の干渉を許さず、当然の様に己の意見を押し通すところが多々ある。  大知も相当、我が強い方なのだが、深山は妙に上辺の人当たりが良いせいか、あまりそうは見られないのだ。    深山は、大知が「おい待て」と口を挟んでも聞こえないふりをして、目は全く笑ってないが口元はにこりと笑みを浮かべ、それじゃあ、と真白に言うと腕を大知の腰に回したまま踵を返して歩き出した。 「あのなぁ、深山、」  いくらなんでも勝手すぎる、と大知は文句を言おうとした。  でも、深山の表情が非常に剣呑なものになっていたので口を噤んだ。  どうやら大知が彼の目を盗んで真白と遊ぼうとしたのが気に入らないらしい。  目を盗んで、と言っても、それには理由がある。  当たり前の如く、宛がわれた客室は深山と同室だった。他の皆はくじ引きで部屋割りを決めたというのに!  大知と深山の同室に偶然という要素が入る余地はなかった。必然的に同室だった。 皆、深山を敵に回したくないのだった。  勿論 頭が切れ、仕事が人並み以上に出来るというのもある。だがそれ以前に、穏やかそうな外見に似合わず、いつぞやの宴会時に余興と称し、笑顔のまま林檎を片手だけで握りつぶしてみせたせいか、すっかり恐れられている。 大知も本気で腕力で敵わないことがあり、何度も泣きを見たことがある程だ(主にベッドで)    まぁ、それは置いておいて。  とにかく、こんなところに来てまでも深山と一緒に過ごすことを余儀なくされ、大知は少々息が詰まりそうだった。  深山とは会社でも一緒だし、恋人同士となってからは帰っても何かと大抵一緒に過ごす(ほぼ、強制的に)  それはいい。しかし、こういう時くらい他の社員と親交を深めたいではないか!(特に女性社員と)    大知は往生際悪くモゴモゴと文句を言ったが、深山の耳には全く聞こえていないらしく(それか、完全スルーされた)腰に回された腕も外れることは無く、大知はそのまま歩かされた。  すると、あるドアの前で深山は立ち止まった。 そしてルームキーをさっさと受付に渡すと、中へ入ろうとする。 「深山、ここ、どこだ???」  思わず小声で聞くが、無言で大知は中へ押し込まれた。  そこは完全貸し切り露天風呂だった。  個人向けに用意されているとはいえ、小規模ながらもかなり立派な佇まいだ。  脱衣場でいつまでも唖然としている大知に、深山は至極当然のように言った。   「しばらく貸し切ったから、ゆっくり入ろう」    深山の言葉に、大知はまだ風呂にも入っていないというのに、もう湯あたりでもしたかのように眩暈がした。   後半へ続く
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