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間違い
「なあ、蓮はいつからサトルのことが好きだったんだ?」
週末に鬼畜から地獄に落とされる僕は、その苦痛に一日だけ耐えることを頑張っていた。月曜の夜まで我慢すれば、今度は綾人さんからドロドロになるまで甘やかしてもらえるからだ。
その時間がとにかく甘くて、幸せで、毎回困惑するほど感激してしまう。涙が溢れて止まらなくて、火曜の午前中にたくさん水分をとっておかないと、翌日の仕事に差し支えそうになる程だった。
そうやって過ごし始めて三ヶ月ほど経った。それまで何の喜びもなく過ごした十年が、まるで嘘のようだった。相変わらず結城様の狂った宴は続いていて、最近は人を招いて数人から襲われることが増えた。
それがあまりに恐ろしくて、僕は日常の中でも常に手が震えているような状態になっていた。それでも、月曜を乗り越えられれば、また綾人さんに会えるという希望だけを頼りに、なんとかギリギリのところで生きていた。
「え? ああ、えっと、高校に入学してすぐです。友達になる前からですね……」
「え? なに、じゃあもしかして一目惚れ?」
「そう……ですね」
「そうか」と言いながら、綾人さんは優しく微笑んだ。きっと次に言う言葉は決まっている。それはきっと「俺もなんだよね」だろう。
でも、僕もホテルマンを十年やっている。人の顔から色々と読み取ることには長けているはずだ。理論を学んだわけでは無いけれど、経験からカンが働く。
——綾人さんは、本当はサトルが好きなわけじゃ無いよな。
きっとあの日、あのオールソーツで僕が倒れた日に、咄嗟についた嘘なんだ。それを僕に律儀につき通している。そうすることで、僕が綾人さんに抱かれる理由を正当化することに、罪悪感を感じなくていいようにしてくれている。
どうしてそこまでしてくれるのかはわからない。ただ、葵やサトルの話を聞く限り、綾人さんは超お人好しらしいから、単なる優しさなのかも知れない。あまり期待して後々傷つきたくない。僕はそのことを、深く考えないようにしていた。
「いっ……たあ」
昨日は品性のかけらもないような男たちに囲まれて、拘束され、千切れそうなほどに足を広げられた。そして、数人がかりで身体中を甚振られ続けた。
恥ずかしくて、痛くて、苦しくて、逃げたくて仕方が無かったけれど、綾人さんのことを思い出して、倒錯しようとし続けた。あの中に医者がいたらしく、痛み止めだと言って注射もされた。その薬液が体に浸透してからは、痛みどころか記憶も飛ばされて、何も覚えていない。
目が覚めると前にも後ろにも違和感が残っていて、強烈な怠さで立てなくなっていた。その日の仕事は、体調不良で欠勤扱いになり、全て秘書である継母が代わりを務めたと聞いている。
その用意周到ぶりに、恐ろしくなって泣いた。
「大丈夫か?」
綾人さんは僕の手をそっと握り、指を絡ませてきた。そして、そのまま手首を返す。
「うっ!」
あまりの痛みに僕が呻くと、急に顔を顰めた。
「あ、ごめんなさい。手首返すとすごく痛くて……」
僕が零すと、綾人さんは「今日は一段とひどいな」と呟いた。そして、傷の一つ一つに軽く口付けをして、そのまま膝の上に僕を横たえた。
「あ……」
今日は暑くて、ここについてすぐにシャワーを借りた。その時綾人さんのスウェットを借りた。袖を通すと、綾人さんの香りが僕を包み込んで、それだけでたまらない気持ちになってしゃがみ込んでしまった。
「この格好だと着たままでも気持ちよくなれるな」
そう言ってボクサーパンツの上から指を滑らせる。するする滑る指に、少しずつ体が熱を上げて、短い息の音が響き始めた。
それは二人分。僕だけじゃなくて、綾人さんも同じくらい熱を持っていた。
「あっ、ん」
ゆっくり甘いキスをくれながら、熱を弄ぶように手のひらが行き来する。少しだけキュッと握られた時に、「ひいっ!」と悲鳴を上げるほどの痛みが走った。
綾人さんはすぐに手を離すと、「ごめん、そんなに痛かったか?」と訊いてきた。
「あ、いや、あの……昨日のが、まだ痛くて……ごめんなさい」
今日の僕の見た目はひどい。鞭を振るわれたのか、生々しい裂傷の痕があり、縛られていたところはくっきりと痕がついていて、そのところどころは瘡蓋になっていた。
そして何より、かなり嬲られていたようで、後ろがいつもよりかなり緩い。だから今日はここに来ることを躊躇っていた。
「あの、昨日、相手が一人じゃなくて……」
僕がうっかりそう言ってしまった時だった。綾人さんの動きがぴたりと止まった。僕の指にその長い指を絡ませて、勃ち上がりかけているものを握りしめたまま、全く動かなくなった。
「綾人さん……?」
恥ずかしくて逸らしていた目を、綾人さんに向けた。綾人さんは僕を見ていた。驚いたような、怒っているような顔をして、目ははっきりと僕を見ていた。
そして、だんだん握りしめている手に力を込め始めた。最初は甘くて心地よい痛みだった。それが、少し通り過ぎて、だんだんと不快な痛みになり始めた。
「いっ……綾人さん、痛いです……」
その時、綾人さんの表情が変わった。
「……ッツ」
苦しくて、痛くて、悲しい顔をしていた。そのままぶるぶると震え始めたかと思うと、キラキラと光をまとった粒を降らせた。ライトで逆光になり、しっかり見えなかったけれど、それが僕の口元に落ちてきてその正体を表した。
「これ……泣いてるんですか? どうして?」
「一人じゃ無かったって……? 一人だけでも……お前に違う人がアトをつけるのが嫌なのに……」
そう呟いた綾人さんに驚いて、僕はその顔を覗き込もうとした。その時、綾人さんはそれを阻止しようとして、握っていた手をさらにぎゅうっと握り込んだ。
指と指の間に激痛が走った。でも、それ以上に胸をぎゅうっと苦しめている甘さが勝っていた。
——それ……嫉妬?
その時、僕の中に湧き上がった感情は、僕の顔をどう変えたのだろう。手を握られた痛みよりも、胸の中に詰まった気持ちが愛おしくて、それを感じていたくて目を閉じた。
「ああっ! あ、やとさん……やっ!」
僕が目を閉じた途端、綾人さんは急に僕のナカに入ってきた。抉じ開けて入ってきて、それでもまだ奥へと行こうとしている。
少しも後ろへは下がらず、ただ前へ前へ、僕の方へと押し進んでくることに、僕は驚くばかりだった。
「あ、あ、あっ! ねえ、どうしたんですかっ?」
グリグリと奥を擦られて、自然に僕の腰が揺れた。何も言わないけれど、目が獣のように熱を持って、光っている。
目の前の獲物を逃すまいと、必死になっている一匹の獣になっていた。ただ、その獣は他のものには目もくれず、自分だけを求めていることが痛いほど伝わってくる。
僕の中に、今までに知り得なかった興奮が湧き起こってきた。それは、細胞から沸騰するような、自制の効かない波。ただそれに押し流されていくだけだった。
「あ、あんっ、んっ」
無言のまま足を担がれて、一気に引き抜かれた後に、激しい抽送が始まった。奥の奥の方から、じわりと何かが溢れてくるのがわかる。
「あっ! だめ! だめえっ!」
「蓮っ。もう、俺……」
「いっ! ……んんんっ!」
綾人さんが僕の肩に、ガブリと噛み付いた。その歯が僕の肉を千切りそうになった頃、僕たちの隙間は、白い欲で埋められていた。
「ああっあああ、どうしよう、震えが止まらないぃい」
ガタガタと震える僕の体を、綾人さんは乱暴に抱きしめた。その時、また僕は溢れてしまって、そのまま力が抜けてしまった。
「蓮……お前……そんな……」
僕は嫉妬という気持ちが嬉しくて、初めて中イキした。信じられない気持ちよくてぼうっとしていたから、聞き逃してしまったんだ。
絶対に、絶対に聞き漏らしてはいけない一言を。それを否定しなければならなかったんだ。
ここで僕たちは間違えた。
僕はこれから、二つの地獄を生きることになる。
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