1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
彼女と会わなくなって、もう1ヶ月が経つ。そう思いながら、私は煙草に火をつける。
私の大学卒業と遠い地方への就職を機に、私と彼女は別れた。付き合った期間で言えば、一年と少しだ。
真っ直ぐ相手を見る、かっこいい人だった。自分よりずっと背が低く、頬と唇が柔らかく、仕草が幼い彼女に、何度そう思ったか知れない。同時に、可愛い人でもある。猫アレルギーなのに、猫が大好きで、野良猫がいたら絶対に近くまで寄る。ホームセンターがあれば必ずペットコーナーの猫を眺めるほどだ。
付き合ってから私に、一度も「煙草をやめろ」と言わなかった。めずらしい人だと思った。何かの拍子に、その理由を聞いたことがある。思わず笑ってしまうくらい、愛おしかったことも、まだ覚えている。
夜のベランダは少し寒いと思いながら、私はまだ彼女に焦がれていると自覚していた。しかし、住む場所が離れたら連絡手段は手紙しかない。
「ごめん」
彼女は言った。いつものように、真っ直ぐ私の眼を見ていた。
「そんなの、耐えられない」
全く同感だった。だから、遠距離恋愛は、選ぶことができなかった。私と彼は3歳差だから、3年後、まだ好きだったら会いに行くと、彼女は言った。私も、たぶん3年後も好きだから待っている、と伝えた。待つどころか、恐らく私の方から会いに行くのだろうと思う。
ただ、私の方はたぶん、それ以外の理由も考えているんだと、まるで他人事のように感じていた。
口から白い煙が出る。
私なんかじゃなくて、他の人と付き合って、色んなものを見て欲しいって、思った。
だから、早く嫌いになってくれないかなって、ずっとずっと思っていた。
私以外の人を知ってほしい。
世界で一番大事な人なんだから、頼むから幸せになってほしい。
私がもし、彼女の隣にいて良いのなら、幸せの意味を考える暇もないくらい、幸せでいっぱいにする。そう思えるくらい、彼女のことを愛している。
でも、私以外の人と一緒にいる方が、幸せかも知れないのだ。幸せを選んで欲しい、だから彼女が幸せなら、私が隣におらんくても、
そこまで考えた時、自然とため息が出た。何だか涙が出そうだった。風が吹いていた。春の終わり、初夏の風だった。別れの季節が終わるのは、決して嬉しいことではない。
口から、白い煙が出る。
「私以外も知って欲しい」以外の別れた理由があることも、もう十分に承知していた。
私の机の上には、彼女から届いた手紙がある。近況を教えてくれる、長い長い手紙がある。この手紙の量は、きっと、だんだん減っていく。私以外の人を知ってほしい、なんて言わなくても、彼女はもう私のことを忘れて、
バイバイ、と、いつか言うのだ。
私はそれを待っている。それが一番嫌なのに、私はだんだんと連絡が消えていくのを待っている。「いつまでも好きでいて」と言い出せないから、待っている。本音が思わず心をすべる。
ほんとは、どんだけ離れとっても、死ぬまで私のことだけ見てくれたらええのに。
言葉を胸にしまって、代わりにもう一度、白い煙を口から吐いた。
***
「健康に良くないって聞くから、あんまり喜んだりはできないけど」
彼女はコーヒーを片手に、一緒にベランダに出てきた。寒いから中入っててと言ったのに、そう思いながら、黙って次の言葉を待った。
「煙草吸ってるところを見るのは好きだよ」
「……何で?」
私は煙草を口から離して訊ねる。
「かっこいいから」
彼女は即答した。こんな理由で軽蔑した?と言って彼女は笑う。全然、と私は答える。
最初のコメントを投稿しよう!