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『 Y 』さん
約二ヶ月、久紫さんと会えない長い長い夏休み。
もしかしてケーキでも買いに来てくれるかな、なんてほんのちょっとだけ期待したけど、もちろん叶うはずがなかった夏休みがようやく終わる。
夏休みが終わるのがこんなに嬉しいのは、小学校に入ってからというもの、初めてだと思う。
幼稚園の時は、早く友だちと遊びたかった記憶がぼんやりとある。
それでも、ちっとも久紫さんへの気持ちが変わっていない自分に呆れた。
休み中、たまに土屋くんから連絡があって、一緒にご飯をしたりした。
「そうなの? でもさ、春住くんといる時の結木くんって、話を聞く限り、全然別人みたいなんだけど」
久紫さんには好きな人がいるって話したら、そう言った土屋くん。
僕のことを好きなんじゃない? って言ってるみたいな言い方。
「女の人なのかな? 」
「それは…… 分からないけど、でもきっと女の人だよ」
普通、そうでしょう?
イニシャルが『 Y 』ってことだけしか知らないけど、ネックレスの話しは土屋くんにはしなかった。
「なんで結木くんに好きな人がいるって、分かったの? 」
「…… なんか、そんな雰囲気が出てたんだ」
「それだけ? 」
「う、うん…… 」
「雰囲気だけじゃ分かんないじゃん」
「なんとなく…… 分かったりするでしょう? 」
うーん、と眉間を寄せ首を傾げながらも、
「諦めるの? 」
と訊く土屋くん。
「どう考えたって、無理だもん」
しょんぼりとして答えた。
一緒にいれるだけでいいって、最近は思えてきていた。
一緒に授業受けて、一緒にお昼を学食で食べて、それだけだって充分満足って、そう思えてきた。
久紫さんと同じ時間を過ごせるのが、なにより幸せに思えるから。
後期の授業が始まる。
土屋くんが気を利かせてくれて、僕を誘わなくなった分、久紫さんとお昼を食べることが多くなった。
もう十月も終わる頃だというのに、日中は暑いくらいで半袖でも大丈夫な変な気候。
「ねぇ、君」
突然に声をかけてきたのは、おそらく上級生の男性。
背が高くてかっこいい、端正な顔立ちのこの人に一瞬目を奪われた。
「…… はい」
なんだろう、今頃サークルとかの誘いかな?
そんなことを思い、少し警戒した。
「最近頻繁に久紫と一緒だよね」
…… 久紫? 久紫さんのことだよね。
きょとん、として話しかけてきたこの人を見ていた。
「あ、突然ごめん。俺、二年の高嶋っていうんだけどさ」
「…… はぃ」
消え入りそうな声で応えてしまう。
「久紫と仲良くしてくれてありがとうな、あいつ、人付き合い苦手だから心配してたんだよ」
…… なんで、この人にお礼を言われるんだろう。
「あ、いぇ…… 」
怪訝な思いが出ないように、俯き加減で小さな声で応える。
「由汰加ーっ!先に行ってるぞーっ!」
遠くから、この人に掛けた声にドクンとした。
── ユタカ
『 Y 』
そう思ってしまったら胸がどくどくとして、唇が震えてきて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ああ、俺も今行く」
声を掛けた人に手を振ると、また僕の方に向いて
「久紫をよろしくな」
と、僕の腕をポンポンと軽く叩き、満面の笑みを見せる。
なんで、よろしく…… なの?
高嶋さんって言ってた、お兄さんじゃないし、あんなかっこいい人……
ネックレスの『 Y 』さんだって、直感した。
かっこいいし、どこか可愛いらしい感じも受けた。
上級生なのに、そう思った。
僕とは大違い。
ユタカさんは、久紫さんにお似合いだと思った。
男の人だった。
思い込みなんかじゃない、この人が『Y』さんだって僕には分かった。
そして、むしろ『Y』さんが、女の人であってくれた方が、この胸は、こんなにも激しく強く痛みを感じなかったんじゃないかって思える。
久紫さんの恋愛対象は女性だからと、叶うはずのない恋に言い訳ができたもの。
…… 唇を噛んだ。
「どうした? 元気ない? 」
久紫さんが最初の一時間だけでて、面白くないからと来なくなった授業を、また受講し始めた倫理学の授業の前。
「ん? ううん…… そんなことないよ…… 」
そんなこと、おおいにある。
「お腹でも痛いの? 」
そう言って心配そうに僕の顔を覗き込むから、ぷっと笑ってしまう。
「僕の様子が変な時って、体の調子が悪い時だけみたいだね」
前はトイレを我慢してると思われた。
「……………… じゃないと、もっと心配になるから」
「え? 」
「てか、やっぱ様子が変なんじゃん」
「あ…… 」
だめだなぁ、自分で言っちゃったよ。
というか、
── もっと心配になるから
って、胸がきゅっとする。
── 最近頻繁に久紫と一緒だよね
── 久紫と仲良くしてくれてありがとう
── 久紫をよろしくな
頭から離れないあの人の言葉。
なんで?
なんであんなこと言われるの? 僕。
ザワザワモヤモヤとする胸が騒がしい。
「…… ねぇ…… 二年生の…… 」
って、あの人のことを訊こうと思った時に教授が来て、授業が始まってしまう。
「なに? 二年? 」
それでも小声で久紫さんが訊いてきた。
「…… ううん、あ、このあとお昼って一緒にできる? 」
顔は前に向けたまま、ぼそぼそと小声で久紫さんに訊いた。
倫理学は二限目、そのあとはお昼休みで大抵一緒に昼食をとっていたけど、一応確認。
「ん、三号棟でいい? 」
「…… うん」
訊こう、あの人のこと。
いつまでも、ぐじぐじしてしまうから。
…… すごく、こわいけど。
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