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今、言ったよね?
電車でいくつか駅を過ぎて、久紫さんが行き慣れているようなお店に連れて行かれる。
久紫さんとカラオケ屋さんって、なんだか結び付かなかったけど。
「よく来るの? 」
慣れている感じで入店手続きをしたから、思わず訊いた。
「ん、前はね…… 久しぶりだけど」
由汰加さんと? なんて、捻くれた胸がジリッとした。
小さな個室、とは言っても五人くらいは入れるお洒落な内装の部屋。
「飲み物ついて、あの値段なの? 」
カラオケなんて縁がないから、あまりの安さにびっくりした。しかもフリードリンク、飲み放題だよ。
「美味しそうだねっ!」
テーブルの上にある食事のメニュー表を手に取り、弾んだ声を出してしまった。
あ、いけない…… こんな浮かれている場合じゃないよ、僕。
「なんか、頼む? 」
「い、いいよ! お腹、空いてないし…… あ、久紫さんは? 」
「俺も平気…… 」
何かの曲なんだろう、BGMが部屋の中に流れていて、とても良い曲なんだけど、二人して黙り込んでしまったから急に気不味くなった。
「とりあえず、座ろう」
「うん…… 」
久紫さんの声に小さく返事をして、リュックを置き、ソファーに腰をおろした。
壁にプロジェクターの映像が投影されていた。映像はどこかの南の島みたいで夏の開放感を思い出す。重たい気持ちが、なんだか軽くなっていく感じで和らいだ。
でも、
「あ…… の、の、飲み物取ってくる? 」
と、久紫さん。
「あ、そ、そうだね」
久紫さんにしては珍しく、緊張した感じで言うから、その緊張がうつってしまったみたいになって、解放されたような気持ちだったのに、途端に僕も緊張してしまう。
一旦座ったのに、また立ち上がってフロアに飲み物を取りに行った。
システムがよく分からなくて、久紫さんのするように、同じように真似ていた僕。
久紫さんは冷たいウーロン茶をコップに注いでいて、僕は甘いものが飲みたいな、なんて思ったけど、コップを置く場所がたくさんあってどこに置けばいいのか分からない。
仕方ない、僕もウーロン茶にしようと、久紫さんがコップを置いた場所と同じところへ置こうとした時、
「なに飲む? 」
「あ、メ…… コーラ」
久紫さんに訊かれて、メロンソーダが飲みたかったけど、子どもみたいに思われそうでコーラって言った。
スッと僕の手からコップを取ると、コーラが出てくるんだろう場所に置いて、ボタンを押してくれる。ガーッと機械の音とともにシュワシュワと泡を立てながら出てきたコーラ。久紫さんが入れてくれたコーラ。きっと、今までで一番美味しいコーラに違いないって、そう思った。
部屋に戻り、今度は自然と腰をおろした僕たち。
ひと口、ウーロン茶を口にしている久紫さんを、なんとなく視界の隅に置いた。
僕もひと口…… やっぱり、一番美味しいコーラ。
沈黙が流れる。気不味い。
── 話しがあるから帰り待ってて
って、すごい嬉しくて喜んじゃったな、僕。
授業だってうわの空で、幸せな気持ちでいっぱいだったのにな、僕。
途中から由汰加さんの相談なんだろうなって気付いちゃったから、とっても気が重い。
「ね、話しって…… なに? 」
仕方ない、聞くしかないと思って腹を括る。
由汰加さんの相談でも久紫さんの話しだ、きちんと考えようって覚悟を決めた。
「うん…… 俺さ、気付いたんだ」
僕の方は見ないで、ウーロン茶が入ったコップの縁を持って、軽く回しながらボソッと話す。
「…… なにに? 」
僕は、久紫さんの顔を少し覗き込むようにして訊いた。
「…… 依杜が好きだってことに」
………… ?
なんだって?
きょとんと、間抜けな顔で久紫さんを見ていたと思う。
「俺、依杜が好きだ」
今度は僕を凝視して、もう一度そう言った。
えっ!?
石のように固まったまま、僕は動けなかった。
やっぱり、今日一日で今年の十大、ううん、重大ニュースは決まってしまったよ。
そして、十大どころじゃなかったよね、今日の出来事。
僕の気持ちだって、浮かれたり落ち込んだりと、まるで落ち着かなかった一日。
由汰加さんに会ったの今日だよね、まるで遠い昔のようだ。
口元のカレーを指で掬って舐めてくれたの、今日だよね?
依杜って、初めて呼んだの、今日、だよね?
そして、
依杜が好き…… って、今、言ったよね?
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