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今度はそっと
── 依杜が好きだ
って、久紫さんが言った。
話しがあるって、帰り時計台で待っててって、最初は浮かれたけど、途中から由汰加さんが忘れられなくての相談なんだろうって、そう思ってひどく気持ちが重たかった。
嘘だよ。
揶揄ってんだよ、僕のこと。
って思ったけど、久紫さんはそんな人じゃないのは分かってる。
じゃあ、でも。
だって。
「あ、あの…… その…… 」
「自意識過剰だったら、笑っていいよ。依杜は俺のこと…… とか思ったりして…… 」
低く落ち着いた声で、久紫さんが話す。
自意識過剰なんかじゃない、いつもキラキラした目で久紫さんを見つめてしまっていたのは、自分でも気付いていたもの。
「夏休み前、依杜にネックレスの話しをされた時、ひどく胸がざわついて、自分の気持ちがはっきりしなかったのがある。それに、そうは思ってもまさか依杜も男が好きなんて、そんなのないだろうって…… 」
どうしよう、僕はなんて応えればいいんだろう。
僕も好きです、って言えばいいんだよ。
どっくんどっくんどっくん、と大きく胸が打ち、鼻息も荒くなってしまう。久紫さんは落ち着いているのに、恥ずかしい。
「今日、由汰加を目の前にして依杜を見て、自分の気持ちがはっきりした。依杜が…… 好きだ」
…… なんていうこと。
初恋は実らないっていうじゃない、なのにこんなの…… 夢を見ているのかな? 僕。
久紫さんにジッと見つめられて、思わず視線を逸らした。
恥ずかし過ぎて目が合わせられない。
人付き合いは好きじゃないって言ってたけど、こういうことは積極的なんだね、久紫さん。
それにたくさん喋ってるし、とか思って、なにをどうすれば、どう言えばいいのか分からない。
だって、僕は初めて恋をして、その気持ちをコントロールすることさえままならないんだ。好きな人に好きだと言われて、そんなことだってもちろん初めてで…… ああ、倒れてしまいそうだ。
L字のソファーに、斜めに座っている久紫さんの腕を思わず掴んでしまった。
「…… 息ができない」
「えっ!? 大丈夫か? 」
「だって…… だって…… 」
「横になるか? 苦しいか? 」
すごく心配そうに僕の顔を覗き込むと、久紫さんの腕を掴んでいる僕の手を摩ってくれる。
あまりに驚いて、ありえないことだと思って仰天して、呼吸の仕方も忘れてしまったようになる。
「ゆっくり息を吐き切ってごらん」
優しい久紫さんの声に、言われた通りにする。
「まだまだ」
吐いている途中、久紫さんが背中に手を当て真剣な顔で僕の顔を覗き込む。
もう、これが限界だよ、と思っても、
「まだまだ、まだ吐いて」
って、言われて吐き切ると、自然と大きく息を吸い込めて、やっと落ち着いた。
「あ、ごめんなさい」
久紫さんの腕を強く掴んでしまっていた、慌てて離して謝ると少し淋しそうな表情を見せるから、胸がキュッと痛んでしまう。
「じ、自意識過剰なんかじゃない、よ…… その、僕…… 」
僕も好きです、って言うんだよ、ちゃんと。
言おうと思って息を吸い込むけれど、緊張して言えない。
だめだよちゃんと言わないと、じゃないと、久紫さんの気が変わってしまう。
なんて、そんな簡単に変わってしまう気持ちだったら、とても悲しい。
「すっ、すっ、ぼっ、ぼく、も…… 」
声が、唇が震えて上手く話せない、とっても滑稽になってるだろう僕を、真剣な表情で見つめている久紫さん。
「ひ、久紫さん…… あの…… 」
「依杜は? 俺のこと、どう思ってる? 」
好きだという言葉を引き出してくれるように、久紫さんがそう訊く。
「…… 好き」
「俺の好きと一緒? 」
「久紫さんの好き? 」
え? 他にどういう好きがあるんだろう、って頭にハテナマーク。
「俺の好きは…… 」
そう言いながら座っている位置をずらし、僕とくっ付くほどの隣りにくる。
はっ!
心臓が飛び出るっ!
「こういう好き…… だけど…… 」
ゆっくりと顔が近付いてきて、僕の唇を見つめている。
また、息ができなくなってしまいそうだ、そう思いながら唾を飲み込んでしまって、ごくりと音が立ってしまった。
やだ、みっともないよ、僕。
それでもちっとも気にしていないような久紫さんが、僕の手を優しく握ってきた。
はっ。
胸がどっくんとして、下半身がモゾっとした。
少しずつ、ゆっくりと唇が近付いてくる。
避けているわけではないのに、自然と体が後ろに仰け反るようになり、ソファーの背もたれで止められると、次は顔が、久紫さんの唇が近付いてくる速度と同じように後ろへと動いてしまったけれど、それは壁で止められた。
「…… いい? 」
唇が触れそうな位置で、久紫さんが僕に訊く。
声が出せなくて頷こうとしたけれど、今この、ときめく距離を崩したくない。
握られた手を、ぎゅっと握り返すと、それは優しく、久紫さんの唇が僕の唇に触れた。
久紫さんじゃないみたいな久紫さん。
人付き合いが苦手だと、僕以外の人には仏頂面しか見せない久紫さんが、今、とっても色気たっぷりの顔で僕にキスをしている。
とても、好き…… って思った。
唇を離すと、久紫さんが少し不満気な顔をするから、なにかまずかったかと思って焦る。
「目、閉じてよ」
ずっと僕は目を開けたままで、キスをされていた。
「…… だって、久紫さんの顔、とっても素敵なんだもの。見惚れてしまったんだ」
「…… っ! そういうさ、可愛いこと言うと…… 」
「言うと…… なに? 」
「もっと、キスしちゃうぞ」
「………… いい、よ」
今度はそっと目を閉じた。
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