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続いたメール
「ふぅぅぅん」
って、ニヤニヤして土屋くんが僕を見る。
「じゃあ、結木くんに好きな人がいるっていうのは、春住くんの勘違いだったってことだ」
「勘違い…… ってわけでもないんだよ」
「じゃあ、結木くんのハートをつかんだんだ、春住くん」
「そんな…… 言い方…… 」
恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
「あ、噂をすれば結木くんだよ」
視線を遠くに投げて、土屋くんが僕を軽く突ついた。
周りの皆んなには普通に見える久紫さんの仏頂面が目に入り、土屋くんに「またね」と挨拶をして走り寄った。
「土屋くん、だっけ? 」
「うん、久紫さんと授業が結構一緒でしょ? 」
「うん…… たまに見るかな」
「今、選択授業が一緒だったんだ」
「高校の同級生、だっけ? 」
「うん、高校の時はほとんど話したことないんだけどね、大学が、それも学部も一緒って分かってから結構話すようになって、仲良くなったんだ」
「…… へぇ」
あれ? 機嫌悪い?
とはいえ、最初の頃の久紫さんはいつもこんなんだったよな、って思い返しておかしくなってクスッと笑ってしまう。
「…… なんで笑った? 」
「ううん、久紫さん、随分変わったなぁーって思って」
「俺は別に変わってないよ」
「そう? 」
なんて話しながら、浮き浮きとして僕が歩いているから、周りだって少し変に思ってるかもしれない。
それでも久紫さんは、全然気にしないって、そう言ってくれる。
初めてキスをした日から、一週間が経とうとしていた。
「ずいぶんと仲がよろしくて何よりだなー」
突然現れたのは、由汰加さん。
ドキッと大きく驚いてしまって、気持ち久紫さんの後ろに隠れるようになる。
「先週、編入試験終わったんだよ俺、たぶん余裕。来年は久紫も受けるだろう? 」
以前と同じ、爽やかな笑顔をみせ、眉をひょいっとあげて言う。
ドクドクと胸が打つ。
そうだ、そのことだって気になっていた。編入試験もだけど、どうしてこの大学にいるのかも。
久紫さんといると楽しくて嬉しくて、そんな話しをすると、幸せな空気が変わってしまいそうで怖くて訊けなかった。
もちろん、気になってはいたけれど。
………… 。
黙ったまま、久紫さんの少し後ろで俯いていた。
「依杜、先に学食行ってて」
え? 嫌だよ。
なんで由汰加さんと二人になるの?
僕の顔は、まんま、そう言っていたと思う。
この場を去るのをためらって、ぐずぐずしていた。
「久紫、俺たち、別れたわけじゃないじゃん」
そんなことを言い出した由汰加さん。
「はっ?」
へっ?
久紫さんのひどく怪訝な声と同時に、僕の胸の中では、驚いた大きな声が出ていた。
「なに言ってんの? 」
「だって、勝手に久紫が俺から離れただけで、別れ話なんかしてないじゃん」
「はっ!? おまえが…… 」
そこまで言って、僕がそばいることを思い出して言葉を止めた久紫さん。
おまえ…… 由汰加さんを「おまえ」って言ってる。
「俺を追ってきたのに、離れるってどういうことよ」
「やめろよっ!」
久紫さんの大きな声に、僕はビクッとなって体を震わせてしまう。
こんな久紫さんは見たことない。
見たことない久紫さんを、なんでもないように、いつものことのように見ている由汰加さんとの二人の関係を思うと、もやもやざわざわと胸の中が騒がしい。
「ちゃんとあとで話すから、な、依杜」
僕の方に向いて優しい声で言う久紫さん。
だから食堂に先に行っててってこと? 嫌だ、久紫さんのパーカーの裾をギュッと掴んだ。
「ちゃんとあとで話すから、ね、依杜くん」
「っるせーなっ!おまえは黙ってろよっ!」
久紫さんの言葉を真似て言った由汰加さんに、久紫さんが怒号を飛ばした。
周りの人だって見てる。
人付き合いをしない久紫さんだけど、頭が良くてかっこいいから有名で、それに二年生の由汰加さんだって有名だったのを最近知った。
その二人のやりとりだもの、周りだって驚いて見入ってしまうよね。
逆に、僕だけ浮いてる感じがした。
皆んなの視線に耐えられなくて、掴んでいた久紫さんのパーカーの裾を離すと、僕はこの場を去ろうと走り出した。
「すぐに連絡するから!」
久紫さんの大きな声が背中に聞こえる。
浮かれてた。
僕はすっかり浮かれていた。
久紫さんと恋をして、なにも怖いものなんかないって思っていた。
由汰加さんを目の前にして、自分の身のほど知らずを思い知らされた。あの人と僕は雲泥の差だ。
久紫さんはきっと、また由汰加さんとよりを戻してしまう。
ううん、「別れてない」って言ってた。だったら、またすぐに二人は元に戻ってしまう。
由汰加さんは、久紫さんにとって運命の人だって言ってたもの。
二人はまた恋人同士に戻る。
ひどく項垂れて、食欲なんてまるでなくて、授業だって受ける気にもなれなくて、僕は一人大学を出た。
『どこにいる? 』
三十分も経った頃に、久紫さんからメールが届いた。
家に帰る気にもなれなくて、自宅最寄り駅のホームの椅子に座り、ぼんやりと来る電車を見送っていた。
どうしようかな。
メール、返したほうがいいよね。
ちゃんと話してくれるって言ってたじゃない、久紫さんを信じようよ、あれこれと、一人頭の中で会話が交わされる。
メールには既読が付いてしまって、それでも返信をためらい、そのままにしていると続いてメールが届いた。
『好きだから』
『依杜が好きだから』
『大好きだから』
ブッブッブッと続くメール。
きっと周りの皆んなは、こんな久紫さんを想像できないと思う。
寡黙で無愛想で、「好き」なんて言葉は口にしない人だと、皆んなは思っていると思う。
違うんだ。
恋になると久紫さんはこんな人、可愛い人。
きっと、由汰加さんともそんな恋をしていたんだと思うと、涙がぽろぽろとこぼれて止まらない。
久紫さんの過去が切なくなるなんて、ばかだなぁって思うけど、どうしても涙が止まってくれない。
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