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破けそうなほどに
「由汰加のことだけどさ…… 」
そう話し始めた久紫さん。
「…… うん」
返事はどうしたって小さくなってしまう。
「高校二年の文化祭のあと、由汰加に声をかけられて付き合い始めた」
「………… 」
僕は黙ったまま、久紫さんの話しを聞いていた。
「由汰加、高校の頃から周りから一目置かれてて、正直、俺、由汰加のことが好きだったんだ」
胸がズキッとして、思わず俯いた。過去のこと、過去のこと、心に言い聞かせる。
「由汰加は私大のトップに行くつもりだったし、おそらく大丈夫だって思われてたんだけど、受験間近になって体調崩して入院して、入試を受けることができなくなって…… 」
追試験申請の締め切りに間に合わなかったそうで、この大学にとりあえず入学したらしい。三年次に編入試験を受けるからいいと、全然平気そうだったと話す久紫さん。
何度か会っただけだけど、全然平気そうって、そんな感じは納得した。
「…… 俺も、由汰加と同じようにしようって思って、この大学だけ受けたんだ」
「…… 由汰加さんを追って? 」
「………… その、ときは、ね…… 」
意地悪なことを訊いちゃった。気不味そうな久紫さんの声に少し反省、胸がチクっとした。
「でも、俺の大学受験が終わった頃、由汰加が浮気してるのを知った」
「浮気? 」
「まぁ、浮気だったのか本気だったのか分かんないけど、そいつに夢中で俺には目もくれなくなって、別にいいやって思って離れた」
「由汰加さんに訊かなかったの? 」
「…… ん…… 少し言い合いにはなったけど、追いすがるとか、なんか、嫌だっていうか、かっこつけてたんだろうな、俺」
かっこつけなくても、かっこいいのに、なんて今は関係ないことを思う。
でも、ネックレスはずっとしてたよね…… それでも好きだったってことだよね、訊いていいかな?
「…………………… 」
やっぱり訊けなくて、黙ったままになっていた僕。
「大学入って由汰加をたまに見かけて、胸は痛んだ。初めてだったから、誰かと付き合ったの。俺、男しか好きになれなくて、それでも同性愛者だってバレたくなくて、ずっと隠してたんだ」
僕みたいに男の人を好きになっても、そんな人はいるよねって感じじゃなかった久紫さん。
僕は久紫さんが初恋。
もっと前から、思春期ど真ん中の頃に男の人に恋をしていたら、やっぱり同じように悩んだのかもしれないと思うと、久紫さんの胸の痛みが分かる気がした。
「…… ずっと、忘れられなくて…… 好き、だった、の? 」
思い切って訊いた。
唇を噛んで、ちらっと久紫さんの方を見ると、久紫さんも僕をちらりと見て、目が合った。
「正直に、言っていい? 」
「…… う、ん」
正直に話してくれた方が、胸のもやもやが
消えてくれる。
「そう、思ってた…… でも途中から…… 依杜が気になり始めたんだと思う」
黙ったまま、おとなしく聞いている僕に、久紫さんが懐かしむように続ける。
「真っ赤な顔して、一生懸命にお礼を言ってる姿がめちゃくちゃ印象に残った」
「最初の? エレベーターの時のお礼? 」
「うん、可愛いなって、思った」
── よかったね
って、久紫さんは無表情な顔で言ってただけだったよ、僕も懐かしい気持ちになる。それに可愛いなって…… そんな顔してなかったよ、それでも嬉しくて少し顔がにやけた。
「可愛いって思って、誰かを好きになるのは俺、初めてなんだ。好きになるの、かっこいい系ばっかだったから」
…… なんか、複雑な胸中の僕。
僕、かっこいいなんてほど遠いしね、なんて言ったらすごく捻くれててだめだよ、言わない言わない。
「だからね…… 可愛いって思って、依杜が可愛すぎて、どうしようって悩ましいんだ」
僕をじっと見つめて久紫さんが言う。
え…… えっと……
「ぼ、僕だって…… ひ、久紫さんが…… かっこよすぎて、ど、どうしようって…… あ、の…… 」
久紫さんの顔が近づいてきた時に、ふっと疑問が頭をよぎった。
「…… ね、別れたわけじゃないって、別れ話なんかしてないって、由汰加さん、言ってたでしょう? 」
由汰加さんは、まだ久紫さんに未練がありそうだったもの。
僕がそう言うと、近づけてきた顔を一旦離し小さく微笑んだ。
「ちゃんと話した。別れ話をしていなかったのは確かで、俺、誰かと付き合うって由汰加が初めてだったから、自然消滅っていうか、別れるって、そんなもんなんだろうって思ってたんだ。由汰加に想いは全くないって、はっきり言ってきた。終わったから俺たち…… てか、俺の中ではとっくに終わってたんだけどな」
由汰加さんは納得したのかな? 大きな疑問は残る。
それに、浮気したって、そんなのひどいよね。それでも、由汰加さんとは運命の出逢いだと思っているのは、僕的にはちょっと…… ううん、かなり切ない。
でも今は……
また近づいてきた久紫さんの顔と唇に心が全部持っていかれる。
「依杜…… 」
今度は体が逃げないで、久紫さんの唇をそのまま受け入れた。
── もっと、キスしちゃうぞ
── ………… いい、よ
って、カラオケ屋さんで続いたキス。ちゅっ、ちゅっ、と久紫さんが唇を弾ませて、まるでソフトクリームを食べるみたいに僕の唇をはむはむしていた。
胸がとくとく、幸せに思った。
あの時と同じ、ちゅっちゅって、二、三度唇を弾ませると、ぎゅーって押し付けてきて、久紫さんの舌が僕の上唇に触れた。
その舌で閉じていた僕の唇を押し開けるようにすると、口内へ侵入してくる。
ぬるっと生温い感触に少し驚いてしまい、体が動いてしまうと、一度キスをやめて両頬を押さえたまま僕を見つめる。
いやなんじゃない、ちょっとびっくりしただけ…… わかって。
目で訴えると、優しく微笑んでくれた久紫さん、またすぐにキスをしてきて今度は激しく舌を絡めてきた。
僕の両頬を押さえ、右に左に顔を揺らしながら口内で舌を泳がせる。
クチュクチュクチュと僕と久紫さんの唾液が絡まり、その音で僕の下半身が反応してしまう。
「…… ん」
とろんとなりながらも、疼く下半身に思わず声が漏れてしまうと、
「ん? 」
離した唇と唇にツゥーッと糸が引き、僕の顎に垂れるとそれを舐めた久紫さん。
もう、だめ…… どうしよう。
顔を赤らめ、もぞもぞとしてしまうと、スッと久紫さんの手が僕の股間におりてきて、動かせる余裕もないスペースで腰を引いたようにしたけど、もちろんちっとも動けていない。
「…… 依杜…… 」
耳元で囁くと、そのまま耳の中を舐め回される。
それだけでビクッビクッと体が大きく動いて、久紫さんのシャツを、破けそうなほどに掴んでしまった僕。
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