1091人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
ブルーベリーチーズタルト
「からだ、大丈夫? 」
僕の上に覆い被さり、でも体重はかけずに肘で自分を支える久紫さんが、頭や頬を撫でながら、それは優しく訊く。
「大丈夫だよ」
「ほんと? 」
少し不安げな顔で僕の顔を覗き込む。そんな久紫さんが本当に愛おしい。
「うん」
「痛くない? 」
「痛くないよ、平気だよ…… 心配してくれてありがとう」
「…… なら、よかった」
ようやく笑ってくれた。
久紫さんは口にはしないけど、僕が初めての経験だと知っているから、とても心配してくれているのだろうと思った。
いつも仏頂面を見せている久紫さんが、僕にだけは違うって、特別感がいっぱいで嬉しい。
目が合うと、少し照れたような顔をしてキスを落としてくれる。
僕はもう、久紫さんから離れられなくなっちゃったじゃない。
頭の中は、久紫さんでいっぱいになっちゃうじゃない…… 今に始まったことじゃないけど、ふふ。
「ん? 」
ふふって、思わず笑みがこぼれてしまったから、久紫さんが不思議そうな顔をして僕を見る。
「ううん、なんでもない。こんなに幸せでこわいくらいだよ」
「俺も…… 」
裸のまま何度も何度も唇を重ね、この上ない幸せな時間を二人で過ごした。
駅まで送ってくれるという久紫さんと一緒に歩いた。
改札を入って行こうとすると、久紫さんも入ってくる。
「どこか行くの? 」
「…… ん、あの…… 依杜がバイトしてる店のチーズタルトが食べたいなって思って…… 」
モゴモゴと話す。
ってことは、僕の家の最寄り駅まで一緒に来てくれるっていうこと?
そう思うと嬉しくて、思わず目が真ん丸になってしまった。
「本当!? あ、社割で安く買えるから!」
弾んだ声を出してしまったけれど、久紫さんの家はお金持ちだった。そんなの特に嬉しくなかったよね、って思って、(あ…… )となる。
「それは嬉しいなぁ」
って、久紫さん。
それでも、そうやって嬉しそうに笑ってくれて、本当に優しいんだから。
「う、うん…… 」
僕は返事がまごついてしまう。
お昼も食べずに大学を飛び出して、久紫さんが追いかけてきてくれて…… 僕たちひとつになって。
外はもうすっかり暗くなってしまって、夕飯の時間になっている。
このくらいの時間になると、タルトの残りも少なくなってきているから、久紫さんが好きだって言ってたブルーベリーチーズタルトがまだあるか心配だった。
「ブルーベリー、もうなくなってたらどうしよう」
本当に不安になってしまい、眉を下げて久紫さんを見ると、ふふっと笑う。
「あのお店のはなんでも美味しいから、あるものを買うよ」
「なんでもって…… そんなにいっぱい食べたことあるの? 」
単純に疑問に思って訊いた。
高校の頃、学校帰りにたまに寄ったことがあるって言ってたけど、そんなにパティスリーYANOのファンなの? って顔を覗き込んだ。
「…… 美味しそうじゃん」
痛いところを突かれたような久紫さんが、ちょっと不貞腐れたようになる。可愛いって思ってしまった。
最初に名前を知ったのは、予約した苺のデコレーションケーキを取りに来てくれた時だった。あのケーキは食べたことがあるのは確か。
ケーキやタルト、まだ残ってるといいなぁと思いながら、一緒に電車に乗って帰っているのがすごく嬉しかった。
「いらっしゃいませー。あら、依杜くん!」
オーナーの奥さんが店番をしていて、僕を見るとさらに明るい声で迎えてくれる。
「こんばんは」
チラッと僕の後ろに視線が行ったのが分かる。
「あ、大学の…… と、友達です」
“ 友達 ” って言うのには、少し抵抗があったけど仕方ないよね。
「…… こんばんは」
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」
ボソッと、それでもいつよりはほんの少し明るい感じで挨拶をした久紫さん。なんだか僕が照れくさくなってしまって顔を赤らめてしまう。
「イケメンさんですねー、たまに来てくれる、ほら、依杜くんと似た感じの大学のお友達…… 」
「え? あ、ああ…… 」
土屋くんがたまにケーキを買いにきてくれるんだ、でもそれは言わないで。
土屋くんの話しをすると久紫さん、ちょっと機嫌が悪くなってしまうから、って、変な汗が出る。
「土屋くんのこと? 」
ほら、ご機嫌斜めの声で久紫さんが訊いてくるじゃない。
「う、うん…… 僕がバイトじゃない時に来てるみたいでさ、あんまり会わないんだけどね」
なんて、分かりやすい嘘を吐いてしまう。
僕の嘘を察してくれたのか、オーナーの奥さんがそこはツッコまないでくれたから助かった。
でも、
「あのお友達はブルーベリーチーズタルトを気に入ってくれてて、毎回それよね」
「………… 」
ああ、もう…… 奥さんってば。
久紫さん、スルーしてって焦る。
「オレンジタルトとヨーグルトチーズタルト、それとモンブランをください」
久紫さんがぼぞぼそっと、それでも滑らかに注文した。
ブルーベリーチーズタルト、まだ二個あるのに…… ガッカリしてしまう。
気に入ってくれてるんだもの、食べて欲しかった。
「あと…… ブルーベリーチーズタルトもお願いします」
追加で注文してくれて、すごく嬉しかった。
笑顔で久紫さんの方を見ると、最初、少し不貞腐れていたような顔で僕を見たけれど、次にふっと笑ったから、きゅんとなる。
「ぼ、僕もブルーベリーチーズタルトとオレンジタルト二つ!」
嬉しくて大きめの声で注文してしまうと、久紫さんがまた、ふふっと笑った。
オーナーの奥さんは、久紫さんの分の代金も勿論割引してくれて、もう少しでお店も閉めるからといくつかのタルトを袋に入れて渡してくれた。
「もらっちゃって、いいのかな? 」
「うん、いろんなの食べて、美味しいから」
「…… 知ってるよ」
久紫さんが駅の改札を入る前に、得意気に言い返してきた。
「本当? 」
って、にんまりしながら、少し意地の悪い返しをして二人して笑った。
とっても幸せ。
「久紫さん、夜の九時に食べようよ」
「九時? 」
「うん、そしたら久紫さんと一緒に食べてるみたいで嬉しいから」
「…… まったく、可愛いんだから…… そういうとこ」
くしゃっと僕の頭を撫でる久紫さん。
こんな幸せ、胸が弾んで仕方がない。
最初のコメントを投稿しよう!