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関わりたくない人
毎日、大学の最寄り駅で待ち合わせた。
例えば、僕が一限始まりで久紫さんが二限、三限始まり、その逆、久紫さんが一限始まりで僕が二限始まりとかのとき、早い方に合わせて、二人で待ち合わせて大学へ向かった。
大学まで、駅から十分もない距離なのに。
その距離を、毎日幸せに思って二人で並んで歩いた。
空き時間、久紫さんはいつも図書館で調べものや、自習室で公認会計士になるための勉強をしているらしい。
僕も真似をした。
特に調べるものも、資格を取るための勉強もなかったけれど。
「いいよ、気にしないで」
なぜだか土屋くんをよく思わない久紫さんで、そのことを正直に話した。
するとそんなふうに返してくれる土屋くん。
「ごめんね、避けてるわけじゃないんだよ」
土屋くんを煙たく思ってるみたいになってたら、とても申し訳ないもの。
「やきもち焼いてんだね、結木くん」
ニヤニヤとして土屋くんが言う。
「やきもち? 」
「僕が春住くんと仲が良いことに、やきもちを焼いているんだよ」
「土屋くんと? ただの友達なのに」
「それだけ春住くんが好きってことだよ」
愉しげに話してくれるから、気持ちが軽くなる。
「僕のことは何にも気にしないで」って、「でも、なにかあったら遠慮なく話してね」と、言ってくれる土屋くんがとてもありがたいし、嬉しかった。
「ありがとう」
「春住くん、幸せそうだね」
最後は結局冷やかされたけど、胸がとても温かくなって、綻ぶ口元が抑えられなかった。
「あ、ほら、大変」
土屋くんに突かれて、見ている方に視線を流すと久紫さんが無表情で僕たちを見て立っている。
「あ、じゃあ、ありがとう、ごめんね」
「ううん、またね」
土屋くんがニヤッとして、小さく手を振ってくれたけど、僕は振り返せなくて(ごめんね)っていうふうに片手を顔の前にあげた。
「楽しそうだな」
「…… なんて、言えばいいの? 」
明らかに不機嫌だから、答えに困った。
「楽しかったら、楽しいって言えばいいよ」
「そしたら、もっと機嫌が悪くなるでしょう? 」
「…… もっと? 別に機嫌なんて悪くないけど」
こういう久紫さん、僕は嫌いじゃない。
なんだかんだ言って、いつも僕の気持ちには敏感でいてくれているから。
「土屋くんには、久紫さんの相談とか乗ってもらってたんだ。僕が男の人を好きでも、変わらずに友達でいてくれたし」
「…… そっか…… あんま、あんなふうな依杜の顔は見たことないから…… なんか、な…… ごめん」
あんなふうな顔? どんな顔だろう。
それに、土屋くん見せて久紫さんに見せてない顔ってないよ、って思って、思い切り不思議そうな顔をした。
「どんな顔? 」
「え? なんか…… くだけたっていうか、親しみがこもってるっていうか…… 」
モゴモゴと、少し決まりが悪そうに話す久紫さん。最初の頃の印象からは想像できないほどに可愛らしい。
「久紫さんといるといいところを見せようって、僕、思っちゃって、まだよそいきになっちゃってるのかな。いいところ、見せれてないけど」
へへっと笑うと、にこりと微笑んでくれて、さっきの斜めになっていたようなご機嫌が真っ直ぐになってくれたみたい。
「いいところしか見えないけど」
「え? やだ、そんな…… 」
真顔でそんなことを言われてひどく照れたけど、そういうことを淡々と言うから、僕は少し反応に困る。
── やだなー、そんなお世辞言わないでよー
とか、軽く返せない。
でも、決して嫌な空気でも気不味い会話でも、もちろんない。
この、トクトクとしてソワソワする胸、キラキラとした目で久紫さんを見つめてしまう。
周りの皆んなは、僕たちのことに気付いてるよね、二人こんな感じだもん。
「久紫ー!」
遠くから久紫さんを呼ぶ声には聞き覚えがあるし、この大学で久紫さんを『久紫』と呼ぶ人は一人しかいない。
「行こうぜ」
走り寄ってくる由汰加さんに気付いた久紫さんが、僕の背に手を当て歩こうと促す。
「うん」
話しをきちんとしたって、久紫さん言ってたよね。
なのになんで?
久紫さんの顔を横目でちらりと見ると、ひどく面白くない顔をしている。
「待てよ久紫ー!」
構わず無視して、僕の背中を押しながら歩く足が速くなっている久紫さん。
「…… なんで? 」
思わず訊いてしまう。
「…… 俺にも分かんない。早く行こう、関わりたくない」
「う、うん」
段々と小走りみたいになってきたけど、それでもダッシュで追ってきて前に回るから、僕たちの目の前に由汰加さんが現れる。
また、爽やかな満面の笑み。
「俺、合格〜」
他大学への編入試験の合格通知書を、得意気に僕たちの顔の前に掲げる。
見るつもりはなかったけれど、目に入ってしまったのは大学名。
私大のトップ、U大だった。
「来年、久紫も受けるだろう? 試験問題、見せてやるからこいよ」
「…………… 」
何も言わない久紫さんに不安が募る。
どうするんだろう、なんて言うんだろう、編入試験はやっぱり受けるんだろうな、あれこれと胸がザワザワして僕は俯くだけ。
ちらりと久紫さんを横目で見ると、不機嫌極まりない顔をしている。
あ、怒るかな?
って、瞬間思ったんだけどね。
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