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何度も何度も
唯一、結木さんと同じ授業の時には隣りに座った。
結木さんも迷惑そうじゃない、と思うんだ。
『 Y 』さんっていう人がいることに気付いてしまったけれど、僕は結木さんのそばにいたいんだもの。
友だちっていうだけだって、僕にはとても勿体ないこと。
あ、友だち、って言ってもいいかな? まだ友だちでもないか…… 連絡先は何も知らないし…… 知り合い? なんか急にガクンッてなるな。
結木さんが少し動くと、ふわっと、あの時のいい香りがして、それだけで胸がトクンってなった。
エレベーターの中で腕を掴まれて、引き戻されて…… 結木さんの胸板に鼻先が触れたんだ。
ちょっと、唇も触れちゃったかな…… 。
スラリとスリムに見えるのに、胸板は結構たくましかったんだ。
そう思い出しただけで顔が熱くなる。
「はい、ではこれで授業を終わります」
ああ、終わっちゃった。
授業は全然聞いてなかったけど。
「…… 早くトイレに行きなよ」
「え? 」
授業が終わるなり、結木さんがぼそっと言う。
「トイレ? なんで? 」
「ずっとソワソワしてたじゃん、トイレ我慢してたんだろう? 」
…… それは、結木さんの隣りにいたから、ソワソワしちゃってたんだよ。
トイレ我慢していると思われてたなんて、なんか、恥ずかしいな。
「ソ、ソワソワ…… してた? してないよ…… トイレなんて我慢、してないよ…… 」
顔を赤らめ、少し唇を尖らせて言ってしまう。
「…… なんか、気に障った? ごめん」
っ!
違うっ!ああ、違うよ!謝らないでよ!
「…… やだなぁ、ばれちゃった? 途中からトイレ行くたくなっちゃってさ、結木さんこそ気が散ったでしょう? ごめんね」
トイレを我慢していたことにした。
だって、それほど表情には出ていないけど、結木さんが申し訳なさそうに思っているのが分かる。
「そんなことないよ」
気が散ったでしょう? のこたえ。
気が散っちゃってたんだな、結木さんの目が少し泳いでいる、今度は僕が申し訳ない顔になった。
「…… 辛いだろうな、って思って」
僕が?
僕がトイレを我慢していて辛いだろうなって、そう心配してくれたの?
「だ、大丈夫だよ。僕、トイレ我慢するの、結構得意なんだ」
自分で言ってて変だな、って思ったけど、言っちゃったもん。
「早く、行ってきなよ」
くすっと笑って結木さんが言った。
ここのところは、たまにそうやって笑ってくれるようになったんだ。
すごーく、嬉しい。
「う、うんっ!」
って…… 一緒にいられる時間が終わってしまう。
また来週まで、お話しできないのかな? お昼、学食にいるかな?
確約のない僕たちの間柄、そんなこと言ったら土屋くんとだってそうだけど、この落ち着かない感じ、全然違うんだ。
「お昼…… は、いつも一緒の人と食べる? 」
「え? 」
「名前知らないけど、よく一緒に学食にいるじゃん、あの人と今日のお昼も一緒? 」
「土屋くんっ!? 」
「…… って、いうの? 彼と一緒? 」
「う、ううん…… 今日は別になにも決まってないけど…… 」
え?
なんだろう、僕、誘ってみていいかな?
結木さんに、
── 一緒にお昼食べない?
って…… いいかな? 誘っていいかな?
そう思ったら、たちまち心臓がドキドキとして、顔が引きつってしまった。
誘えてもいないのに。
「あ、ごめん、トイレ我慢してたんだよな」
してないよっ!
でも、してるって言っちゃったしな。ああ、もう…… 。
「う、うん…… あの…… 」
勢いで誘ってしまえ、僕!
「…… 昼、一緒に食べない? 」
………… え?
え゛っ!?
結木さんが僕をお昼に誘ってくれた?
驚きすぎて、目を見開いたまま固まってしまう。
「昼…… 」
「あっ!う!うんっ!うんっ!い、いいよっ!」
もちろんっ!
明らかに慌てている僕で、それでも気に留めることもなく結木さんが
「じゃあ、三号棟でいい? 」
って、ごく普通に、土屋くんが言うみたいに、普通に言った。
「い、いいよ!」
僕は普通に応えることができたかな。
心臓が破り出てきそうなんだ、手だって足だって震えているのが、ばれていないかな?
ばったりと会ったふりして、食堂で何度か一緒にご飯を食べた。
でも、約束して、しかも結木さんからの誘いでお昼ご飯を一緒にするなんて初めてで…… それに、僕が土屋くんとよく一緒にいるのも知っていた。
僕を、気にしてくれてたってこと?
次の時間、結木さんは違う授業があったけれど、僕は空き時間で、初めて会話をした時に座っていたベンチでまたもぼーっと、いや、ポーッとしながらお昼になるのを待った。
早くお昼にならないかなって長く感じる。
約束が嬉しくてどうしようかと、ソワソワしすぎて、何度も何度も腕時計を見てしまう。
授業が終わる三十分も前に食堂に行って、いつもの席をキープした。
別に埋まったところで、一人掛けのカウンター席はたくさんあるし、なんなら…… テーブル席だっていいんだけど、いつもの席じゃないと、さらに緊張してしまう気がしたから、いつも結木さんが座る席に僕のリュックを置いた。
ここは、結木さんの席だから。
って、誰も座るわけないのに、何度も何度もリュックを確認した。
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