作り笑顔

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作り笑顔

「最近、結木くんとたまに一緒にいるよね」 土屋くんに不思議そうに訊かれて、どきっとする。 昼食を誘われて、今日は一号棟の『大学食堂』にいる。ちなみに、もう一ヶ所の食堂は七号棟の『Be ambitious』。 七号棟だけ今っぽい名称。 「う、うん…… 僕のバイトしてるケーキ屋さんに結木さんが偶然来てね、それで少し話すようになったんだ」 「へぇ、結木くんてどんな感じ? 」 「どんな感じ、って? 」 ドキドキしてしまう、顔も引きつっちゃってるし、僕。 「すごいなぁって思って。結木くんて遠巻きにされてるけど、モデルみたいにかっこいいじゃない? 皆んな気になってるだけど全然近付けないみたいだよ」 「そ、そうなの? 」 「でもさ、春住くんといるとなんだか安心するっていうか、心が安らぐんだよね、結木くんも一緒なんだね、きっと」 「え? やだなぁ…… そんな、そんなことないよ」 そんなことを言われたことないし、いきなり褒められたみたいになった僕だったけど、褒められ慣れていないからどう反応していいのか分からない。 にこにことしている土屋くん。 きっと、本当にそう思ってくれているのが分かるし、僕だって土屋くんには同じように思ってるんだ。 「一見怖い感じだけど、きっと、温かい人だと、思う…… んだ」 これは本当。 土屋くんと同じで、僕が嫌だなぁって思うことは言わないし、最初のエレベーターの時だって、僕が困ってるのが分かったんだと思う、きっと。 この前なんて久紫さんと一緒に授業を受けてソワソワしちゃったのを、トイレ我慢してるんだと思われて…… でも、それを辛いだろうなって思ってくれたんだ。見た目の冷たい怖い感じとはかけ離れて、すごく優しくて温かい人だと思う。 土屋くんから昼食を誘われた時、最近僕は三号棟食堂以外でお願いしている。 なんていうかな…… 土屋くん、ていうか、土屋くんとしかお昼は食べないんだけど、誰かと一緒に昼食を食べているところを、久紫さんに見られたくないっていうか…… 見られたところでなんとも思われないんだろうけど、でも、ちょっと、嫌だった。 「そっか、僕にしてみたら結木くんってどんな人なのか謎なんだよね」 首を傾げて、それでも少し興味がありそうな土屋くんの素振りに胸がちくっとする。 言ってしまおうかと、ふと思う。 久紫さんへの想いを、土屋くんに話してしまおうかと思った。 久紫さんには想う人がいるようだけれど、僕はいつもずっと、久紫さんのことばかりを考えてしまうんだ。 男の僕が男の人を好きって、きっと引くよね。 「どうしたの? 」 黙ったまま昼食、今日はカレーライスを食べている僕の、口に運ぶ手が止まったから心配そうに訊いてくれる。 「え? あ、ううん…… 」 「また、カレー付いてるよ」 口元を指差して少し笑った土屋くん。 「あ…… 」 「あ、ごめん、反対」 正面からだと左右が混乱して、いつも反対の口元を拭いてしまう。 でも、ごめん、って土屋くんは謝ってくれる。 きっと引かない、僕が男の人を好きだと言っても、変なふうに思わない、そんなふうに思えた。 それに、久紫さんへの想いを一人で胸にしまっているのが、とても辛くなってしまっている。 話したら、少しは気持ちが楽になるんじゃないかって、そう思った。 でも、やっぱり躊躇する。 深刻な顔をしてしまっていたんだろう、土屋くんがまた心配そうに訊く。 「本当に、どうしたの? なにかあったの? 」 「あのね…… 」 言ってしまって土屋くんという友だちを失い、変な噂だけが学内に流れてしまう結果になったらどうしよう、言いかけてやはり口をつぐんだ。 「春住くん? 」 「…… 土屋くんは彼女いるの? 」 「なに? 今さら〜、いたらとっくにそういう話しをしてるよ〜。あれ? もしかして春住くん、彼女ができたとか? うそっ!? だれ? 」 身を乗り出して、途端に楽しそうな顔をした土屋くん。 やっぱり土屋くんは、女性が恋愛対象だよね。 「そんな人…… できてないよ…… 」 「じゃあ、好きな人ができたとか? 」 「………… 」 黙ってしまったのが答えになってしまう。 食事のトレイを僕が食べているトレイの隣りに滑らせると、土屋くんも僕の隣りに移動してきた。 「誰? 力になるよ」 こそこそと耳元でそう言ってくれる顔が笑顔の土屋くん。 力にはなってくれなくても、というか、もうどうにもならないんだけど、段々と話してもいいかな、みたいな空気に自分も包まれた。 「…… びっくりしちゃうと思う」 「なんで? 」 不思議そうな顔で僕を見る。 「…………… 」 ね、びっくりしちゃったでしょ。 ── 結木さんが好きなんだ って、小さな声で土屋くんに話したあとの土屋くん、固まって絶句している。 「ごめんね、変な話をして」 「…… 変な話じゃないよ」 真剣な顔で応えてくれて、その上 「話してくれてありがとう」 って、言ってくれた。 途轍もなく、ほっとした。 「結木くんは? 」 こそこそと、声を落として僕に訊く。 「久紫…… さんには…… 」 「ちょっ!ちょっと!久紫さん、って呼んでるの? 結木くん、久紫って名前なの? やだなぁもう〜」 バシバシと僕の腕を叩いて、興奮してるみたいな土屋くん。女子みたいな動き。 違うんだ、話、聞いて。 「ち、違くて…… 久紫さんにはもう…… 」 「あっ!ごめんね!僕がお昼誘っちゃって…… 結木くんと来るんだったよね」 今度は僕の腕を掴んで小さく振る。 久紫さんには、恋人なのか片想いなのか分からないけど、誰か想っている人がいるんだと伝えたいのに、興奮して僕の話しを聞いてくれない。 「あっ!噂をすれば結木くんだよっ!」 僕の耳に手を当て、嬉しそうな声で教えてくれる。 え? 久紫さん? 三号棟以外の学食に来るなんて思わなかったから、それは驚いて入口の方へ目を遣った。 「今度詳しく、話し聞かせてね」 土屋くんはそう言うと、僕の肩をポンポンと叩き、トレイを持ってさっさとテーブルから去っていく。 気を利かせてくれたのだろうけど、久紫さんと僕はそんなんじゃない。僕が勝手に想っているだけなんだ。 僕と土屋くんを見ていた久紫さんが、どうしようかと迷っているような様子が分かった。 目が合って、なぜだか頷いてしまった僕に小さく笑うと、そばに近付いてきた。 「さがしてたんだ」 「…… 僕を? 」 「うん。俺、今日の授業でもう夏休み明けまで大学に来ないからさ」 あ、そうか、もう夏休みだ。 だからって僕をさがしてまでって、 ぴょんぴょん胸が弾んでしまい、しばらく会えなくなる切なさと、会いにきてくれた嬉しさがごちゃ混ぜになる。 それでもやっぱり切なさの方が勝ってしまう。 久紫さんに、なんとか笑顔を見せた。 作り笑顔になってしまったけど、嬉しさは伝わってくれたかな?
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