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運命の出逢いって…
一昨日、夏休み明けまで大学に来ないからと、久紫さんが僕をさがしてまで会いにきてくれた。
そういうことをされてしまうと、期待してしまうから正直困惑した。
人との付き合いは好きじゃないって、久紫さんは言っていた。
誰かと話している久紫さんを見たことないって、土屋くんが言っていた。
遠目で見る久紫さんは、いつも仏頂面をしていて、人を寄せ付けない空気を出しているのに、僕といる時は小さな笑顔を見せてくれる。
そんなふうにされてしまうと、諦めようと思う気持ちがどこにも動いてくれない。
それに ──
夏休み明けまで大学に来ないって言ってたのに、ほら、図書館でばったりと会ってしまう。
夏休み前までに出さなきゃいけないレポートを、今さらになって慌てて図書館に資料を探しに行った僕。
そこで久紫さんを見つけてしまうから、僕は久紫さんとは、運命の出逢いをしてしまったのではないかと、ハートマークなんかを付けながら思ってしまうんだ。
気が付かないふりをして離れたところに座ろうか、そう思いながら参考になりそうな本を探していた。
ふぅ。
ため息が漏れる。
夏休みで長いこと会わずにいたら、目が覚めるんじゃないかって思っていたんだ。
久紫さんのことは、気の迷いだったって思えるんじゃないかって…… 。
でも ──
「…… なに、さがしてるの? 」
少し聞き慣れてしまった、ためらいがちな声に、驚いたように顔をあげた。
「ひっ!久紫さんっ!」
久紫さんの方から僕のところに来るとは思わなかったから、ひどく驚いた。
「あ、休み明けまで大学には来ないって…… 」
「うん。のはずだったんだけど、ひとつ調べたいことができちゃって」
「そ、そうなんだ…… 」
笑ってみせたけど、引きつっていたと思う。
そして、あからさまにじゃなくて、ネックレスをなんとなく視界に入れて、その存在を確認してしまう。
「で、なにをさがしてるの? 」
「明後日までに出さなきゃいけないレポートを…… 」
今頃? って思われるだろうと思い、恥ずかしくて顔を赤らめながら、それでも正直に話した。
「どれ? 」
「あ、これ」
と、課題の紙を見せると、
「ふぅん、じゃあ…… 」
って、ひょいひょいひょいっと、三冊取り出して
「これがいいよ」
って、選んでくれた。
…… 見当もつかなかった本たち。
さすが久紫さんだなって思って、やっぱりどうしたって切なくなる。
一緒にレポートを手伝ってくれて、この日のうちに提出できた。全部久紫さんのおかげ。
何かお礼をしたいけど、そんなことしたらまた楽しくなってしまうもの。
久紫さんといて、またときめいてしまうもの。
でもなにもしないって、レポート手伝ってもらったのに、それはあまりに厚かましいよね。
僕はもう帰るんだけど、久紫さんはどうするんだろう。
どうしたらいいのか悩んでいると、久紫さんがポツッと言う。
「お礼が欲しいな」
「え? 」
「レポート手伝ったお礼」
そんなことを久紫さんが言うと思わなくて、それでも切なさよりも今度は嬉しさが勝ってしまう。
どうしたらよいのか悩んでる僕を察して言ったのだと思う。
やっぱり、優しい人。
「えっと…… 」
「アイスコーヒー、ご馳走してよ」
近くの自販機を指さして、久紫さんが小さく笑った。
自販機のアイスコーヒーなんて…… そんなの申し訳なさすぎる。
「あの、ご飯…… ご飯、ご馳走させて」
「え? そんなのいいよ」
とんでもない、というふうな顔で、首を小さく横に振る。
「僕一人だったら、期限までに提出できなかったかもしれない、本当に助かったんだ」
「…… エレベーターの時みたいだ」
ふふっと笑った久紫さんの笑顔は、今までで一番大きかったかもしれない。それでも、他の人と比べたら微笑みくらいだけど。
それに、エレベーターのお礼のことを覚えてくれている、僕は気持ちが抑えられなくなってしまいそうで、とても困った。
「じゃあ、牛丼が食べたいかな。駅前の牛丼屋」
って、きっと僕のお財布を気にして、リーズナブルな牛丼のチェーン店を指定する久紫さん。
人付き合いが好きじゃないって、他人のいろんな感情が分かってしまうから、疲れてしまって避けてるんじゃないかって思えた。
学食以外で、大学以外で久紫さんと一緒にお出かけ。僕はお洒落なところに行きたいと思った。
「駅前のパスタ屋さんは? パスタは嫌い? 」
とってもお洒落なイタリアンのお店。
僕は入ったことがないけど、カジュアルな感じだし、久紫さんと一緒なら緊張しないでお店に入れる気がした。
「え? いいよ、そんな」
「大丈夫、バイト代入ったばっかりだから」
これは本当。でも、バイト代が入ってなくたってそう言ったけど。
「…… じゃあ、お礼じゃなくていいよ、一緒にご飯食べよう」
…… もう、そういうの、また、とくんってなるから、やめて。
「それじゃあ意味がないよ」
「…… いいのか? 」
「もちろん!」
僕のお礼がしたい気持ちを汲んでくれて、すごく嬉しかった。
ううん、一緒にパスタ屋さんに行くのが、一番嬉しかったと思う。
「ねぇ…… 」
「ん? 」
僕は無難にボロネーゼを注文、久紫さんはアマトリチャーナを注文していた。
お洒落だな、そんなことにまでそう思ってしまう。
初めて大学以外の場所で一緒にいるのに、不思議と緊張しなかった。
「運命の出逢いってあると思う? ……運命の人っていると思う? 」
訊いてしまう。
「…… 出会いもあるし、人もいるんじゃない? 」
少し考えてから、久紫さんが答えた。
「久紫さんは…… 運命の人に出逢った? 」
ドキドキした。
なんて答えるのか、視界に入るネックレスが気になりながら、久紫さんの答えを待った。
「………… うん」
沈黙のあと、ためらいがちに答えた久紫さんを見て、胸が大きくズキンと音を立てた。
「そ、その…… ネックレスのイニシャルの人? 」
目線をネックレスに向けて、思い切って訊いてしまう。
ここまできたら、はっきりとした方がいい。
その方が諦めがつく。
咄嗟にネックレスを手で隠すように握りしめて、それでも
「ん? …… んん」
って、少し戸惑いながら、そう答えた久紫さん。
ああ、やっぱり…… ぐっと痛くなった喉の痛みをこらえて、
「そうなんだ」
って、にっこりと笑ってみせた。
夏休み中には、この想いをどこかへ吹っ飛ばしてくるから…… だから、友だちとして休み明けもまた、一緒に授業を受けたり学食に行ったりしてほしい。
なんて思ったって、久紫さんは最初から僕に特別な感情を持っているわけじゃないから、変わらずに過ごすのは僕次第なんだって、僕が普通にしていればいいんだって、切ないけど、そう思った。
今日、このあとさよならしても、すぐにでも久紫さんと会いたい。
早く夏休みが終わらないかな。
…… まだ始まってないけど。
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