A.D.2121 満腹になるまで食べるなんて、それはもう都市伝説

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 食事なんて、5分で終わる。どんなにゆっくり食べてもね。だって、栄養バー2本だけだもの。        *** 「お腹空いた」  食べて10分もしないうちに、妹が呟いた。 「さっき食べたばっかでしょ?」  気持ちはわかると思いながらそう応えると、妹はぷうっと頬を膨らませた。 「全然足りないよ! こんなちょっぴりじゃあ」 「いやいや、栄養的には足りてるんだって」 「それは、知ってるけど…」  ほんと、気持ちはよくわかる。要は、満足感の問題なんだよね。        ***  今でこそ貧しいこの国は、かつては世界トップクラスの経済大国だったそうだ。経済活動に邁進して、食料生産(いわゆる第一次産業ってやつね)がどんどん減って、自給率が3割を切って。だけど、誰もそれを問題とは思っていなかった。 「食料が足りないとな? それなら、他国から買えばよいではないか?」  中世のどこかの姫が言いそうなセリフが頭に浮かぶ。  それで何もかもがうまく行っていた。経済が傾いて、食料を買うお金が減るまでは。        ***  食糧の輸入量が極度に減って、人々は庭やベランダで野菜を育てはじめた。趣味じゃなくて、生きるために。元々自給率の高かった主食を飼料に回して、何とかしのいでいたけれど。  それもだんだん苦しくなってきたんだって。それが、私が生まれる前の話。  そこで、当時の政府は新たな方針を打ち出した。 「科学技術で、食料を増産します」 「必要最低限の食料は確保します」  これはアニマルウェルネスの観点からも重要な施策で—。  御託が続いたらしいけれど、これはつまり、食料の嵩増しと、化合物による疑似食物の増産。分子レベルからの合成で栄養素を確保していくということ。  そう、それがつまり、栄養バーによる食事というわけ。  一部の富裕層は、今もなお「ちゃんとした食事」をしているみたいで 「化学合成? そんな恐ろしいもの、口に入れられませんわ」  なんて言っているらしいけれど。それしかないんだから、しょうがない。 「貧乏人は、栄養バーを食え」  ってか。…これもどこかで聞いたセリフ。
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