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食事なんて、5分で終わる。どんなにゆっくり食べてもね。だって、栄養バー2本だけだもの。
***
「お腹空いた」
食べて10分もしないうちに、妹が呟いた。
「さっき食べたばっかでしょ?」
気持ちはわかると思いながらそう応えると、妹はぷうっと頬を膨らませた。
「全然足りないよ! こんなちょっぴりじゃあ」
「いやいや、栄養的には足りてるんだって」
「それは、知ってるけど…」
ほんと、気持ちはよくわかる。要は、満足感の問題なんだよね。
***
今でこそ貧しいこの国は、かつては世界トップクラスの経済大国だったそうだ。経済活動に邁進して、食料生産(いわゆる第一次産業ってやつね)がどんどん減って、自給率が3割を切って。だけど、誰もそれを問題とは思っていなかった。
「食料が足りないとな? それなら、他国から買えばよいではないか?」
中世のどこかの姫が言いそうなセリフが頭に浮かぶ。
それで何もかもがうまく行っていた。経済が傾いて、食料を買うお金が減るまでは。
***
食糧の輸入量が極度に減って、人々は庭やベランダで野菜を育てはじめた。趣味じゃなくて、生きるために。元々自給率の高かった主食を飼料に回して、何とかしのいでいたけれど。
それもだんだん苦しくなってきたんだって。それが、私が生まれる前の話。
そこで、当時の政府は新たな方針を打ち出した。
「科学技術で、食料を増産します」
「必要最低限の食料は確保します」
これはアニマルウェルネスの観点からも重要な施策で—。
御託が続いたらしいけれど、これはつまり、食料の嵩増しと、化合物による疑似食物の増産。分子レベルからの合成で栄養素を確保していくということ。
そう、それがつまり、栄養バーによる食事というわけ。
一部の富裕層は、今もなお「ちゃんとした食事」をしているみたいで
「化学合成? そんな恐ろしいもの、口に入れられませんわ」
なんて言っているらしいけれど。それしかないんだから、しょうがない。
「貧乏人は、栄養バーを食え」
ってか。…これもどこかで聞いたセリフ。
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