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第5話 生首ドリブル
放課後の校庭には、僕以外の人の姿はない。
僕の通う中学は、休日は夜9時まで校庭を開放している。
強い日差しを考慮して、どの運動部も練習は早めに切り上げている。一度家に帰った僕が、シャワーで汗を流し、ひと休みしてから引き返してきたのは、次の試合でのレギュラー入りが決まったからだ。選んでくれた監督や、他のメンバーに恥ずかしくないプレイをしなければならない。
父さんもサッカー少年だったから、帰りが多少遅くなっても大目に見てもらえる。ストレッチをした後、自前のサッカーボールで軽くリフティングを始める。
時刻はそろそろ7時になる頃なのに、辺りはまだ明るい。夕陽の照らす校舎の窓には、時折教師らしき人影が見えるし、体育館の方からボールの跳ねる音が聞えてくる。暗くなってボールが見えなくなるには、まだ少し時間がありそうだ。
本来大勢の人がいるべき場所が静かなのは、少しばかり奇妙な感じがする。小学生の頃の僕なら、怖いとか薄気味悪いと思っていたかもしれない。そういえば、この中学にも七不思議があったりするんだろうか?
花壇脇に積んであるコーンを並べてドリブルの練習をしていると、校庭の反対側の隅でリフティングをしている人影に気付いた。
いつから来ていたんだろう。サッカー部の部員なら、声を掛けてくれれば一緒に練習できたのに。
足捌きは巧みで、ボールの扱いに慣れている。けれど、薄闇の中浮かぶシルエットは、見知ったチームメイトのものではないように思えた。
声を掛けようとして手を挙げ、ためらった僕に気付いたのか。人影はリフティングを止め、ドリブルでこちらへ向かってきた。
次第に確かになる輪郭を目にし、全身に鳥肌が立つのを感じた。
見覚えが無いはずだ。
僕のチームメイトには、頭がない奴なんていない。
「あはははははははははッッ!!」
自らの身体にドリブルされる少年の生首が、狂ったような笑い声をあげる。
硬直した僕は逃げることも出来ず、冷たい汗を浮かべながら、ただそれを見つめ続けている。
回転する血塗れの頭部が迫り、僕に向かってシュートされようとしたまさにその時――
「バモラーッ!! カズマですッ!!」
首のない少年の後ろからスライディングをかまし、ボールを――頭部を――奪い取ったのは、ジャケット姿に濃いサングラスの男。あっけにとられた僕と首なし少年を前に、びっちり決めたリーゼントの乱れを直すと、カズマさんは巧みなドリブルでそのまま走り出す。
「!!??」
首のない少年を華麗な足捌きでかわすと、カズマさんは脚を振り抜きシュートを放つ。生首はゴールポストの左上隅に
突き刺さり、ネットを揺らした。
「ファッフゥゥ~~ッ!! ゴォォォルッツ!!」
がくりと膝を落とす首なし少年を後目に、腰を振りダンスを始めるカズマさん。
父さんが「俺くらいの年齢なら、ゴールを決めたらカズダンスってのが常識だ」と言っていたのは、あながち嘘でもなかったのか。
ひとしきり踊ったカズマさんは、ふと何かに気付いたように動きを止め、首のない少年とゴールポストを見比べた。
「オォウ……俺としたことが、こっちのドリブルじゃあなかったか……」
こめかみを抑え、ため息を吐きながらゆるゆると首を振っていたが、僕と目が合うと、ニッと歯を見せて親指を立てた。
「分かってるじゃないか、ボーイ。イイ男ってのは、見えないところで努力を怠らないもんだ」
「……ありがとうございます……」
褒められたらしい。そう理解した僕がどうにかお礼を述べると、カズマさんは凄まじい速さで体育館の方へと走り去った。
「な……何者なのかな……?」
§
この学校にも七不思議は存在するらしい。
トイレの花子さん。走る人体模型。十三階段。プールの幽霊。
世代や学年によって重複や差異がある。かく言うわたしだって七つ全部覚えてなんかいない。そんな子供だまし、はなから興味なんて無かったからだ。
でも、少しは耳を傾けておくべきだったかもしれない。
女子バスケ部の自主練で、居残りをしていたわたしの目の前には、自らの頭をボール代わりにドリブルする首のない少女があった。
煌々と電気が照らす体育館に立つ異形の姿は非現実的に過ぎて、わたしは自分の正気を疑ってしまう。
じゃんけんで負けて押し付けられた最後の見回り。大声を出せば駆け付けてくれる場所に、仲間たちがいるはずなのに、へたり込んでしまったわたしは声を上げることが出来ない。
「ほら、練習付き合ってよ」
どんな仕組みになっているのか考えたくもないが、重たげな音を響かせながら跳ねる少女の頭が呼び掛けてくる。
「あ……いや……こないで……」
ユニフォームはうちのチームのもの。
事故にあって、試合に出れず亡くなった子でもいたのか。
後ずさりするわたしはゴール下に追い込まれ、首のない少女はそうするのが当然のように、キレイなフォームでシュートを放つ。
点を取られたら命まで取られるんだっけ?
それとも、練習に付き合わないと呪われるとか――
「フォォーッッ!! リーバウンッ!! カズマです!! ご指名ありがとうございますッ!!」
わずかにゴールリングに嫌われ、跳ね返ったボール――頭部――を、ジャケット姿にリーゼントの男が掴み取った。
「「だ……誰――ッ!!?」」
「カズマです!! フゥ~~ワッ!!」
奇しくもハモったわたしと首なし少女の問いに、男は満面の笑みで答えた。
「オウスウィートベイべ! 汗に輝くスポーティーな君もステキだが、俺に夜の3ポイントシュートを決めさせてくれないか?」
ブランデーグラスを持つように、器用に少女の頭を支えると、濃いサングラスの奥でばちりとウィンクをして見せる。
えっ……何、ひょっとして、口説いてるの?
「ヤダ! 最低――ッ!!」
カズマさんの手から、耳まで赤くなった生首をひったくると、首のない少女は呆然とするわたしを残し、体育館から走り去った。
「オウノォーウ。確かにいまのシュートは少し際どかったかな?」
肩をすくめながら、同意を求めるようにわたしを見やり、手を差し伸べて引き起こしてくれる。
「……下ネタじゃん……アウトだよ」
「ハハッ! 手厳しいなリルベイべ! お家には一人で帰れるかい? それじゃあな、シーユー!」
思わず漏らしたわたしの呟きを笑いでごまかすと、カズマさんは立てた2本の指で別れの挨拶をして見せ、体育館を後にした。
「あ、あれ? 生首ドリブル少女の話は? ……っていうか、あのひと何だったの??」
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