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「いよいよお前も二十歳かぁ。何だか感慨深いよ」
俺は成人した弟を誘い居酒屋を訪れていた。
「兄ちゃんにはずいぶん世話になったな。ありがとう」
そう言って頭を下げる弟に「やめろやめろ」と慌てて首を横に振る。すると弟は真面目な顔で「前から聞いてみたったんだけどさ」と話を切り出した。
「あの時……あの火事の夜さ、兄さんは母さんを起こそうとしたけど酔っていてなかなか起きなかった。だから仕方なく俺だけ連れて家の外に出た、そう説明してたよね」
「何だよ、せっかくのお祝いの席でそんな話。まぁそんな感じだな」
眉間にしわを寄せる俺を見て和也は少し躊躇った後、こう続けた。
「それって……本当のこと?」
急に周りの音が全て消えてしまったかのような錯覚に陥る。全世界が俺の答えに耳を澄ませているような気がした。店員がテーブルにビールを置くガチャンという音がやけに大きく感じる。俺は笑って頷いた。
「何言ってんだよ、和也。俺は嘘なんかついてない」
「そっか、ならいいんだ。ごめん、変なこと聞いて」
「いや。さぁ、飲もう」
俺は運ばれてきたビールのジョッキを手に取った。そしてあの時のことを思い出す。あの時俺は酔いつぶれてしまった和也を苦労して起こし外に出た。正直言って母を起こす気など毛頭なかった。だがみんなは酔ってなかなか起きなかったというのを和也じゃなくて母のことだと勘違いした。どうやっても起きない母を仕方なく置いて弟と二人で逃げたのだ、と。でもそんなの俺の知ったことじゃない。皆が勝手にストーリーを作り上げただけのことだ。俺はひとつも嘘なんか付いちゃいない。
「和也、成人おめでとう。乾杯!」
俺たちはグラスを合わせ一気にビールを飲み干した。
了
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