乾杯

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 真っ青な空を見上げため息をつく。案の定、いつまで経っても母は現れない。 「やっぱりな。ま、いいや」  俺は左手をポケットに突っ込み、右手で弟の手を握り冬の街を歩いた。母が俺たちとの約束を守るなんてこと滅多にない。 「一時間も待って無駄なことした。ごめんな、和也」  弟は泣きそうな顔で俺を見上げている。 「おなかすいた……」 「だよなぁ。俺もだ」  俺と弟の和也は昨日から何も食べていない。母から「昼に美味いもの食べさせてやるから港公園の前で待ってな」そう言われてずっと待っていたがやはり現れなかった。 「どうせ自分だけ腹いっぱい食ってんだろうな」  思わずそう呟くと和也がますます泣きそうな顔になったので慌てて話題を変える。 「あ、ほら和也見ろよ。あの雲、ウサギみたいだ」 「どれ?」 「あれだよ、あれ」  俺の指さす方を見ながら和也が笑う。 「兄ちゃん、あんな耳の短いウサギなんていないよ。あれはネコだよ、ネコ」 「おお、そうだな。ネコだ、ネコ」  空腹だと余計に寒さが堪える。俺たちは「寒い寒い」と連呼しながら帰宅した。無論、母の姿はない。母は夜の仕事をしているが日によっては昼から出かけてしまう。 「母ちゃん……いないね」 「だな。待ってろよ、確かまだインスタントラーメンが一袋あったはずだ。作ってやる」  俺は麺をほとんど和也の丼に入れてやり二人して汁まで飲み干した。 「んー、やっぱり足りないよな。ごめんな、和也」  自分がひもじいのもあるが、しょんぼりした様子で空になった丼をいつまでも見つめている和也を見ていると悲しい気持ちになってくる。  母が家事を完全に放棄するようになったのは今年の春から。父が出て行ったあの日からだ。父が出て行った理由はよくわからない。でも何となく母の浮気が原因なんじゃないかと思ってる。なぜなら母が若い男と腕を組んで歩いている姿を俺は見たことがあるから。もちろん父にそんな話をしたことはない。だが父もまたそんな母の姿を目にしたのかもしれない。父が出ていくと母は夜の仕事を始めた。毎日「大変だ」「疲れた」と言っているがその割には楽しそうだ。仕事以外でも小学六年の俺とまだ三年生の和也を置いてしょっちゅう出掛けている。 「なぁ和也、施設ってとこに行った方がいいのかなぁ」 「しせつ?」  まだ幼い和也にはよくわかっていないらしい。 「そう、施設。そこに行けば毎日ちゃんと飯が食えるんだ」 「ごはん、たべられるの? ほんとうに?」  キラキラと目を輝かせて和也が言う。 「うん。ただ……母さんにはもう会えないな」 「そっか……」  和也はそう言ったきり黙り込んだ。あんなひどい女でも母親は母親だ。まだ幼い和也にとって母親と別れるというのは辛いことに違いない。でもあんな母親の元にいるのが本当に幸せなのだろうか……。
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