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"絶対に秘密だよ"
君の秘密を、知ってしまった。
俺はもう、君なしでは生きられない。
襲いかかる後悔の波に飲まれそうになる俺を、どうか優しい風となって拾い上げにきて欲しい。
今君は、どんな顔で俺を見ている?
何となく、好きになって、何となく、手放した。
いつもの悪い癖。誰よりも大事な人だからこそ、重たい枷を背負うことを、その時俺は気が付かなかった。
原因は、俺が他に好きな人が出来たから。
「 はじめまして 」
初めて出会ったまいに抱いたのは、純粋な人だな。という感情だった。
俺はずっと、適当に恋愛をしてきた。
ダメになりそうなら、他を探す。
最低な男だ。
今回も、適当に遊べれば良い。だなんて、思っていた。
しかし、何をするにも新鮮なまいの反応や行動に、俺は戸惑うばかり。
何なんだ、この女は。と思わされる日々。
会うには、少し遠い距離が離れていた俺たち。
車で1時間半。
決して近くなにいその距離。
いつも会いに行くのは、俺。嫌ではなかった。
会いに行くたびに、
「 いつも遠いのに、ありがとう 」
とまいが言うから。俺は、どんなに体が疲れていても、会いたいと思えば会いに行った。
行きは会える喜びで、帰りはまた離れる寂しさが襲いかかる。
それでも、会える日が出来れば、どんな予定よりも優先して車を走らせた。
その度に、ご飯を作って待っていてくれる。
俺の好きな味付けを覚えてくれて、完全に胃袋を掴まれてしまう。
誰かの手料理を食べるのは本当に久しぶりで、最初こそはありがたみを感じながら食べていたのだが、それがいつの間にか、当たり前になってしまった。
連絡頻度は、お互い仕事もしているし、1日に1通の日もあれば、2日に1通の日もあった。
俺の仕事が忙しいのを、まいが配慮してくれていたのだ。
しかし俺は、それに甘えた。寂しいとすら思った。
ほぼ毎日していた電話も、頻度は減っていく。
そして、好意を抱いてくれているのを分かっていて、その寂しさから他の女性に手を出した。
途端に襲いかかる罪悪感。
いつもはあっさりとそれでいっかとなるのだが、今回は違う。
どうしようと、焦りさえ生まれた。
でもまいは強い女性だから、自分をしっかり持っているから、きっと俺を見切ってくれる。
直ぐに冷静になって、離れてくれる。
そう思い、俺はしてはいけない連絡をしてしまった。
“ 俺、女の子出来た “
2日ぶりの、LINEだった。
待ってくれていたのか、すぐに既読がつく。
既読の2文字を見て、ドキドキしながら返事を待つ、ずるい俺。
さあ、罵ってくれ。最低だと、罵ってくれ。
しかし、帰ってきたのはどこまでも優しい返事だった。
“ 彼女出来た?好きだから、すごくショックだけど、良かったね “
俺のことを、好きだったと書いているのか?
それなのに何で。何で、そんなに優しいの。良かったなんて、思わないでくれ。
嫌いになった。みくびった、がっかりしたと突き放してくれよ。
そして俺はまた、自分勝手に傷つける。
“ 好きだったの?笑 “
こんな言葉を送られたら、流石に苛立つだろう。
本当は、嫌いにならないで欲しいだなんて、天邪鬼なことを思いながらのやりとり。
それに対してもまた、君は健気に返してくれる。
“ 今度会ったときに伝えようと思ってたけど、こんな形になってごめんね “
謝らないでくれ。お願いだから、俺を、許さないでくれ。
俺は、それに返さなかった。
だって俺には今、他に好きな人がいる。その人と、向き合うためにさよならをしたのだと。
そう自分に言い聞かせて。
連絡を途絶えて、数ヶ月。
今の彼女は、最初こそ優しかったが、今では人が変わった。
何をしても否定をされる。考えを、押し付けられる。
返事が遅くなれば、催促のLINEが入る。
可愛く思えていたそれらが、窮屈になっていた。
「 私が会いたいって言ったら、早く来てよ 」
彼女がそう言えば、
『 ゆっくりで良いよ。気をつけて来てね 』
まいはこう言ってくれたと思い返す。
作ってくれるご飯はカップ麺な彼女。食べながら思い出すのは、行くと用意されていた、暖かいご飯。
失くして初めて、その存在の大きさに気がついた。
真剣な恋愛から逃げていた俺。
だけどまいに対しては、いつもと違う自分がいる。
俺はまだ、間に合うだろうか。
勇気を出して、久しぶりとLINEを送る。
帰ってきたのはやはり、
“ どうしたの?何かあった? “
と言う、優しい返事。
まだ待っていてくれた。そう思い、俺は舞い上がった。
今度は俺から、気持ちを伝えよう。
大切にしよう。
今まで出会えなかった、そんな女性だから。
深く息を吐き、久しぶりの電話をかける。
「 あのさ、会いに行っても良い? 」
電話口で、期待を乗せてそう問えば、何故か少し困るまい。
「 あのね、私今、好きな人がいるの 」
その言葉に、頭が真っ白になった。
遅かった。気がついたときにはもう、大切な人は俺を見ていなかった。
くれた優しさをもう、向けてくれない寂しさ。
俺が手放した。仕方がない。だけど、それでも、会いたかった。
自分勝手に手放したあの日から半年。
好きな人が出来たと言っていたあの電話の日から2月。
ならばまだ、間に合うかもしれない。
そんな微かな可能性を信じて、俺は会いに行った。
しかし、そこにはもう、まいは居なかった。
代わりに居たのは、昔写真で見せてくれた、まいの妹の、まゆ。
「 もしかして、貴方るい君?今更、何しに来たの 」
怒った表情で、俺を罵るまゆ。
まいの部屋だった空間は、段ボールでいっぱいだった。
「 …まいは? 」
そして語られるのは、残酷な真実。
まいは、俺が別れを告げた日から数日後、病院で癌が発見された。
いつもと違う体の感覚に怖くて仕方が無い中、俺が仕事だと言って返事を遅らせていたのを気にかけて、
『 るいは今忙しそうだから、体を壊さないか心配だな 』
と言っていたのだと言う。
なのに俺は、そんな苦しい思いをしているまいに、酷い内容を送った。向き合う事すらせず、
電話で話すこともせず、一方的に、突き放した。
「 お姉ちゃんね、体が動かなくなっても、ずっとるい君の幸せだけ願ってた。こんなに好きになれた人だから、幸せになって欲しいって。なのに、何で急に連絡なんかしたの!追い討ちをかける様に、何で電話なんかしたの!何で最後にお姉ちゃんは、泣かないといけなかったのよ! 」
泣き叫ぶまゆに、もうまいには会えない事を嫌でも気付かされる。
きっとそんな中で俺に気持ちを伝えることを、悩んだに違いない。
だけど、あのLINEは最後のわがままだったのだろう。せめてもの、わがままだったのだろう。
「もしるい君に会うことがあって、私のことを聞かれたら、体のことは絶対に秘密だよなんて言うんだよ?だけど私、約束したのに守れない!なんでお姉ちゃんだけ苦しまないといけないのかって思うから!貴方も苦しめばいい!!」
「 まい… 」
誰よりも優しさで包んでくれた、はじめての女性。
俺を否定することなんて、一度もなかった。
いつも笑顔で、応援してくれていた。
会いたくて仕方がない。
俺が、もっと向き合っていれば。変われていれば。
しんどい時に、そばにいてあげられたのに。
そんな後悔は、もう届かない。
二度と手の届かない、好きな人。
謝りたい。
叶うならば、想いを伝えたい。
まいは俺を、許してくれるだろうか。
笑って、くれるだろうか。
今はもう、何一つ叶わないこの世界。
帰り道で、君の面影を追いかけた。
季節は春。
まいの好きな、桜が咲いている。
ハンドルを握る手に力が籠り、静かに頬を塩味の水が流れた。
「あれ、俺、なんで」
涙なんて、暫く流したことがない。
壊れそうな心と反比例して、景色は美しく桜色で散らばる。
「会いたい」
その中で嬉しそうに笑うまいの面影が、俺を追い抜いた。
俺はそっと、その面影に笑いかける。
「会いに行っても、良い?」
俺のその問いに、まいは悲しそうな顔で首を振り消えていったのであった。
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