母が残してくれたもの

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 翌日、学校に行くと机の上に“ボロアキ”“ハラアキ”とチョークで大きく殴り書きされているのが目に飛び込んできた。智樹がさっと周りを見回すと、何人かのクラスメイトが智樹から視線を逸らしたのを見て、クロだ、と思う。  だけど実行犯が誰なのかは分からない。今、目を逸らした人も、単に誰かが自分の机に落書きするのを見ていただけなのかもしれない。傍観も立派ないじめだろうけれど、智樹にはとっては、まさに今日自分の机に心無い落書きをした張本人の方が憎いに決まっている。  智樹は、椅子の下にかけていた雑巾を手に取り、机の上をごしごしと拭く。本当は汚れた雑巾で拭きたくなんかなかった。でも、智樹の家には学校に持って行くためのポケットティッシュすらない。だからこうするしかなかった。  教室のどこからか、「うわ、雑巾で拭いてる」と、男子が引いている声が聞こえてくる。きっとその人が、自分の机に落書きをしたのだと思う。でも振り向くことはできない。目を合わせたら負けだと思った。  やがて朝礼のチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。今年新任の体育科の先生は、目を真っ赤にしている智樹を見て、「秋葉、どうかしたか」と声をかけてくれた。  でも智樹は首を横に振る。 「なんでもないです」  なんでもないふりをしなければ、うまく仮面を被れる気がしなかった。 「そうか」  担任の先生が頷いて、今日の予定を話し出す。  この世は理不尽なことだらけだ。  智樹の机にいたずらをした張本人たちは、いつだってピカピカのシャツを着ている。  最新のゲーム機を持って、レアカードが出るまでカードゲーム用のカードを買い続けられる。お小遣いは毎月五千円で、毎週末は家族でお出かけなんかして楽しんでいる。  智樹のように、我慢ばかりして貧乏くじを引かされている人間はどれくらいいるのだろうか。きっとそいつらは目立たないところで息を潜めているんだ。そうでなければ、この誰にも理解してもらえないという孤独を、味わわなくて済むのだから。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加