時の灰

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──誰かの愛を理解し得ない。それは透明な孤独。水のように、氷のように、薄い硝子のように。奥まで透かして濁った心臓を顕にする。こころを隠すために包む肉も薄皮も剥ぎ取る、鋭利で冷たい透明な孤独。 誰かの愛を理解し得ないことはつめたく、さむい。だがこれは俺の性根だ。誰をも理解出来ない代わりに誰かに理解されることも望まない。それは至極当然のことだろう。片側ばかりが望み続ける関係はいずれ破綻するし、求めるばかりの関係はいずれ互いに心を腐らせ壊すことだろう。後から噴き出す膿を見るくらいならば最初から誰かを理解しようとしない方がいい。 心を寄せて「共感」をするたび、どれだけ相容れないものでも「理解」していく。自分を象る輪郭が食われていく。俺はそれがたまらなく怖かった。 自己の確立は「自分が自分である」ことのなによりの証明だ。それを取り上げられるのが、怖かった。 自分を見失うのが怖かった。 だが最近。曲を聞くたび、本を読むたび、思い出す。 君と過ごした日々を思い出す。 自己の選択に後悔は無い。ああ、なのに。 日常に君の名残を随分と残しすぎてしまった。 君の名残を感じるたびに、時計が狂う、四季が壊れる。暦が燃えていく。時の狂った四季の散る部屋で、暦が轟々と燃えている。赤い、あかい火が灯る。 焚べられるのは時間と思い出。 炙られるのは自我と飢餓感。 「──」 このひとときだけは、つめたさもさむさも感じない。 熱い、あつい。 優しかった時間が焼かれていく。 ひとりの部屋に、灰が降る。
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