前編

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「川瀬さん‥‥出逢いに感謝してくださった んですね。ありがとうございます」 「喜んでいただけて嬉しいです。秋津様との お時間、楽しんでくださいね」 これ以上は踏み込まないと決め、 用がある体でカウンターを移動する。 「岸野、川瀬さんは止めとけって」 「だって」 秋津と彼のやり取りが聞こえたが、 聞こえない振りをして他のお客様の カクテルの氷を割る。 カウンター越しに接客をしながら シェイカーを振っていても 彼の強い視線を感じ続け、 なるほど‥‥ 宮嶋の懸念はこういうことかと天を仰ぐ。 お客様との個人的な関わりは避ける、 その規定が決まっている以上、 絶対に破れない。 それから終電近くになるにつれ 少しずつお客様が減っていき、 0時を過ぎる頃には お客様の姿は秋津と彼しかいなくなった。 「じゃあ、岸野。帰ろうか」 アルバイトの宮嶋と吉川には 一足先にロッカー室に行かせていた。 カウンターには俺ひとり。 彼は秋津の言葉に不服そうな表情を晒し、 俺を見つめてきた。 「もっと川瀬さんと話したいです」 「また来ればいいだろ、もう遅いし」 秋津が彼の腕を取る。 「嫌だ、話したい」 そこに帰り支度が済んだ宮嶋と吉川が 店内に現れた。 「吉川、帰っていいよ」 「あ、はい。お先に失礼します」 吉川が小さく頭を下げ、 あっさり店のドアを出て行った。 さて、この状況をどうするか。
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